猫と毒草

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  手を繋いで  

 赤や黄色に色づいた木々が通りを彩る。
 地面にはあちこちに落ちた葉が散らばっていて、もうすぐ次の季節がやってくることを感じさせた。
 十一月の終わり、季節は着実に冬に近づいている。
「そろそろ冬の準備をしないといけませんね」
「そうだな。君の部屋と主寝室用に厚いカーテンと絨毯を買おうか」
「それは持ってないので是非欲しいですね」
 往来を歩くイオネとルイスは会話をしながら向かう先を決めた。
 にゃーご、と声がしたのは気のせいではない。ルイスの肩には愛猫メアリーが乗っていた。ルイスは片手でメアリーを押さえ、もう片方の手をイオネと繋いで道を行く。少々目立つが、賢いメアリーは突然どこかに行かないし、やたらと鳴いたりしないのでイオネは気にしないことにした。何しろメアリーはルイスが最も可愛がっている猫だ。彼が買い物にメアリーを連れて行きたいと言った時も迷わず「どうぞ」と応じた。何匹も連れて歩くわけではないから構わないだろう。そう思うイオネは大分ルイスの影響を受けているのだがまだ気づいていない。慣れたな、と思う程度である。
 二人は休日に出かけることが多くなった。どちらかの買い物に付き合うこともあれば、目的もなくぶらりとすることもある。家で過ごす時間も好きだが、外に出ることで互いの知らない一面が見られるのが新鮮でいい。
 きっかけはイオネが毒で体調を崩した一件の後の休日に一緒に散歩に出かけたことだった。思いの他二人でいる時間が楽しくて、もっとこういう時間を作りたいと思った。それからまだ一ヶ月も経たないが、かなり色々な場所い足を伸ばしている。
「イオネは風邪をよくひくのか?」
「一冬に一回ひくかどうか。対策は万全ですよ。ルイスは?」
「冬は少し弱い。風邪は一回はかかる。流行病にかかる年もある。お陰で毎年冬は憂鬱だ。風邪をひくとメアリー達に近寄れないからな」
 イオネは思わず苦笑いを浮かべた。猫達と遊びたいが風邪を移すのを恐れて我慢し寂しい思いをしながら一人ベッドに入っているルイスを想像したら、なんだかとても可哀そうで。
「私がいい予防策を教えますよ。せっかくだからお義父様とマーナさんも一緒に。明日の夕食の時にでもお話しします」
「それは心強いな。頼りにしてる」
「はい。本業ですから。大いに頼って下さい。もし風邪をひいても、私が薬を処方しますから」
「君の薬なら効き目はすごそうだな」
「効かない、ということはないと思います」
 これでもロレンス家臨時顧問薬師だ。腕にはそれなりに自信がある。過信しすぎてもいけないが、不確かなものを人に出すことは出来ない。そこは薬師のプライドだ。
「イオネが看病してくれるなら風邪をひくのも悪くないかもしれないな」
「残念ながら、冬の平日にお休みを取るのは不可能に近いですからね。ただでさえ忙しくて大変な時期なんですから。わざと体調を崩すようなことはしないで下さいね」
「それは残念」
 冗談めかして咎めると、ルイスは楽しそうに笑った。
 冬はルイスの体調管理に気をつけないといけない。あと、義父も。去年とは違う冬を迎える実感はこうして湧いてくる。
 ルイスと過ごす初めての冬はどんなものになるだろう。冬が苦手な彼は家の中で猫を抱いて温まるのだろうか。猫もあまり外には出なくなるだろう。絨毯に土をつけられることも減るかもしれない。それならマーナには仕事が楽になる。義父は人付き合いの多い人だから季節に関係なく外に出るだろう。寧ろ年末の付き合いで頻繁に家を空けるのかもしれない。
「私も、冬はあまり得意じゃないんです。嫌いではないんですけど」
「じゃあ一緒に家にこもろうか。あの子達と一緒なら暖かいよ」
「猫を防寒具代わりに使うのはどうかと思いますけど」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕があの子達にそんなことするわけないじゃないか。寒いから一緒に暖めあっているだけだよ」
 大して変わらない気がするのだけれど。
「なら、そういうことにしておいてあげます」
「本当だって」
「はいはい」
 他愛のない会話さえも幸せで。
 恋をせず愛もなかった人との間にこんな関係を築けるなんて。まるで奇跡のようだと思う。
 秋が去り行くのを残念に思わないのはこれが初めてだ。きっと今年の冬は今までのどんな冬よりも素敵なものになる。それは予感ではなく確信だった。
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