猫と毒草

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  ご機嫌の原因  

 イオネが毒に倒れて強制的に休暇をもらってから三日目。
 イオネは順調に調子を取り戻し、ベッドから起き出して自分の用事は自分でこなせるようになった。家の中の事なら問題なくこなせる。しかしずっと動いているのはルイスが良しとせず、用がある時以外は自室でのんびりと過ごしていた。
 頭痛もすっかり消えたイオネはベッドに座り読書をしている。机は今日もルイスが占領している。今朝、もう大丈夫だからルイスは仕事に行けばいいと伝えたのだが、医者の診断が降りるまでは駄目だとはねつけられた。今日はまだロレンス邸の敷地内にあるブルックの診療所を訪れるには不安がある。明日なら馬車に乗っても大丈夫そうだと踏んだイオネは明日一番でブルックの元に行くことを決めた。
 イオネは普段時間がなくて読めない流行作家の小説を読んでいたが、少々飽きた。本を閉じてルイスを見れば、相変わらず熱心に書き物をしている。
 考えてみれば一昨日からずっとだ。一体何をしているのだろう。必要な仕事だけ済ませてきたと休暇初日に言っていたが、いくつか仕事を持ち帰っているのだろうか。気になったイオネは声を掛けた。
「ルイス、それは仕事では?」
 顔を上げたルイスは首を振った。
「いや、仕事じゃないよ。三日月の会の会報の原稿なんだ。来月のコラムは僕が担当することになってる。いいものになるよう尽力するよ。完成したら君にも見てもらおうか。いや、その前にこれまでの会報から見た方がいいかな。うん、それがいい。すぐに持ってこよう」
 ルイスは一人で決めると席を立ち上がって部屋を出て行った。
 取り残されたイオネは予想だにしなかった名前の登場に「はあ」と間の抜けた声を漏らす。
 三日月の会。
 猫好き同士で結成した、猫を愛し、保護し、情報を交換し合う集まりだ。月に一度の交流会があることは知っていたが、会報もあったとは。十人くらいのメンバーがいると聞いているが、意外とまめに活動しているのかもしれない。
 薬師協会の会報なんて年に三回発行されるだけだ。会合はそれでも頻繁にされているらしいが、何しろ一薬師のイオネには関係のないことだ。重要な決定事項は通達が送られてくる。そう言えば、この間やってきた通達には一部の薬草の値上げの決定が書かれていた。あまり使われる材料ではないが、歓迎はできない。
 そんなことを考えていると、厚いファイルを手にしたルイスが戻ってきた。
「どうぞ」
 手渡されたイオネは予想以上のボリュームに驚く。三日月の会が結成されたのは三年前。毎月会報があるとしても、これだけの重みがあるなんて。その重みが猫への愛だと気づいたイオネはいっそうファイルが重くなったような気分になる。それに気づかないのか、ルイスは満面の笑みを浮かべた。
「これを読めばきっと気分もよくなる。過去の僕のコラムなんかも載っているから是非読んでくれ。君が来る前のあの子達のこともきっとわかると思う。ああ、でも一気にこれだけの量を読むのは辛いだろうか。無理をしないよう気をつけよう。返してくれるのはいつでも構わないから」
 ルイスはささ、とイオネをベッドに座らせる。そのままにこにこしながら動かないルイスを見て、イオネは覚悟を決めた。
 贈り物をされたらその場で開けて感謝の気持ちを伝えるのがマナー。これはそれと同じだ。この場で読んで感想を言わなければならない。ルイスはきっとそれまで机には戻らないだろう。
 気が進まないイオネだったが、諦めてファイルを開いた。会報一号が早速顔を出している。ざっと目を通すと、自分が飼っている猫の紹介、最近見かけた猫の話、猫の飼い方アドバイス、三日月の会の活動報告、猫を題材にした詩、絵心のある者が描いたと思われる猫の挿絵等が載っていた。特に思い入れが見られたのはコラムで、毎月交替でメンバーが担当している自由記述スペースだ。ここで熱く語られる自分の猫への愛情がすごい。正直、イオネには暑苦しすぎる程だった。担当者の名前を見て知らない人物であることを確認して僅かに安堵する。極度の猫好きの知り合いなんてルイスだけで充分だ。これ以上はいらない。本当に。
 イオネは言葉を選びながら、「とても熱心に活動されてるんですね」「猫が好きなのが伝わってきます」「気が合う友人をお持ちのようでいいですね」といった感想をルイスに伝えた。するとルイスは満足したようで「来月のコラムも頑張るよ」と再び書き物に戻ってしまった。
 イオネは仕方なく会報に目を通すが、基本的には読み流し、ルイスの書いた部分だけはしっかり読むことにした。するとメアリーのことが書いてあったり、新しく家族になった猫達のことが事細かに書かれている。文章の端々に猫への愛情が見られて微笑ましくなった。そんなふうに思えるのはルイスだからだ。イオネはもうそれを自覚していた。
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