友人からの手紙
親愛なるイオネへ
こんにちは。お久しぶりです。
と言ってもこの間あなたの結婚式で会っているからそこまで久しぶりという感じもしないのだけれど。それでもあれから三ヶ月経っているのね。子育てをしていると三ヶ月はあっという間です。
この三ヶ月の間に下の子は少し歩けるようになりました。まだ転んでばかりいるけれど、一生懸命歩こうとしている姿は我が息子ながら可愛いです。もっとしっかり歩けるようになったらあなたのところにも連れていきたいわ。
下の子に比べたら上の子の成長はゆっくりね。毎日仲のいいお友達と遊んでいます。最近はお絵かきが流行っているみたい。女の子なのにクレヨンで服を汚すこともあるの。洗濯が大変です。
旦那は最近仕事が忙しくて毎晩遅いです。子どもたちがいるからそこまで寂しくはないけれど、それでも会話が少なくなってきているので物足りなく思います。もう少ししたら元に戻る予定なの。そしたらめいっぱい家族サービスしてもらおうかしら。ふふ、勿論旦那もたっぷり休ませてあげるわよ。
私の近況はこんなところです。
あなたの方はどうかしら?結婚生活にはもう慣れた?三ヶ月なんてまだまだ新婚よね。でも私にはあなたが旦那様と新婚生活しているのが想像できないのよ。失礼だとは思うけどこれが正直な気持ち。ごめんなさいね。
そもそもあなたが結婚したこと自体驚きだったの。恋愛なんて興味ありませんって感じで。薬を作れればそれで幸せってふうだったものね。オリヴァー様がそんなあなたに白羽の矢を立てるのは予想してたけれど、まさか猫好きルイスだとは思っていなかったわ。これ、前も言ったわね。でも本当に驚いたのよ。気に入らなければ他の人を紹介してもらうこともできるのに、あなた承諾したんですもの。向こうが条件を飲んだからって知った時には呆れました。あなた本当に仕事が好きなのね。旦那様は結構懐の広い人なのかしら?結婚後も奥さんが仕事をするのを認めるなんてなかなかないことよ。そういう意味ではあなたにもってこいの人なのかもしれないわね。
猫に囲まれる生活はどうですか?旦那様は猫を可愛がってばかりであなたのことを省みないなんてことはありませんか?不安や不満があったら私に話してね。結婚して三年、これでもいろいろなことを切り抜けてきたんだから。もしあなたが辛い思いをしていたらオリヴァー様のところへ乗り込んでいってあげるわ。あなたの旦那様もただじゃおかないわよ。主婦は強いのよ。泣いたって許してあげないわ。――それは冗談として、何かあったら相談に乗るから。私があなたのことを妹のように思っていることを忘れないで下さい。私はいつでもあなたの味方です。
また手紙を送ります。どうか身体に気をつけて。
リネット
イオネは読み終えた手紙を机の上に置いた。
リネットは心配性なんだから。
姉のような存在の友人の顔を思い浮かべてイオネの口元が緩む。
リネットは以前ロレンス邸の厨房で働いていた。そこで知り合い、仲良くなったのだ。一歳年上のリネットはロレンス邸に出入りし始めたイオネの面倒をよく見てくれた。世話焼きだけれどそこが魅力で、多くの人に好かれている。
イオネがリネットと一緒に過ごしたのは一年半くらいで、彼女は結婚して遠いところに行ってしまった。エンイストンの領内ではあるが、片道に一日かかるので滅多に会うことができない。彼女が二児の母となった今では尚更。だから手紙でのやりとりが多くなる。お互い忙しいのでそう頻繁にはいかないが、季節に一回はどちらからともなく手紙を出している。
イオネは便箋を机の上に出し、ペンを取る。
そして少し考えてから、ペンを滑らかに走らせた。
親愛なるリネット
こんにちは。
お手紙ありがとう。お元気そうで何よりです。ジェニーとカートはすくすく大きくなっているようですね。今度会うのが楽しみです。その頃にはカートは走れるようになっているかもしれませんね。カートは生まれたすぐ後に会っていますが、向こうにしたらまだ私は知らない人のはず。次が初対面になると思うと少し緊張します。ジェニーも私のことを覚えてくれているでしょうか?心配です。旦那様は忙しいんですね。ハーブを使ったリラックス効果のあるお茶の作り方を同封しておきます。良かったら試してみて下さい。
リネットには心配をかけてしまったようですが、ルイスとはうまくやっています。猫にももう慣れました。家で飼っている猫は五匹ですが、他の猫もやってきます。お手伝いさんは毎日掃除が大変ですが、彼女はとっくに慣れたと言っています。ルイスは猫をとても可愛がっていますがしつけもしっかりしています。調理中から食事が終わるまでは絶対に台所に猫は入れないし、トイレも場所を決めているし、決して酷くはないと思います。鼠を見かけないのはいいことかもしれません。それが何を意味するのかはあまり考えたくないですが。私に懐いてくる猫もいます。最初はあまり興味はありませんでしたが、慣れてくると猫もいいものです。
ルイスはよく私に気を使ってくれています。ルイスよりも私の方が帰りが遅い時、ルイスは夕飯を食べるのを待っていてくれるんです。申し訳ないから予め遅くなるのがわかっている時は先に食べるように言いますが、それでも食べないでいてくれることの方が多いです。猫と遊ぶ時には私を誘ってくれます。でも無理強いはしません。だから負担を感じることはありません。最近はルイスと猫と穏やかな時間を過ごすことも多いです。少しずつお互いのことを知りながらいい関係を築けていると思います。お義父様もとてもいい方です。仕事も好きなようにさせてもらえて、そういう面では本当に恵まれていると思います。
手紙を書いていたらリネットに会いたくなってしまいました。今度一緒にお茶を飲めるのはいつになるのでしょうか。リネットと話をするのを楽しみにしています。それではお身体に気をつけて。
イオネ
ペンを置いたところでノックの音が響いた。ドアが開くのとイオネが振り返るのはほぼ同時。ドアの隙間からルイスが顔を出した。
「風呂、空いたから」
「はい、今行きます」
風呂から出たルイスはそのままイオネに知らせにきてくれたようだ。これもすっかりいつものことになっていて、三ヶ月前にはなかった日常が随分増えたなとイオネは思う。
ルイスはイオネの机の上の紙に目を留める。
「仕事?」
「いえ、友人から届いた手紙の返事を」
答えながらイオネは机の上を片づける。ルイスに見られて困るようなことは書いてないが、読まれるのは恥ずかしい。
「リネット・ロウゾン。以前ロレンス邸で働いていた人で。式にも来てくれたんですけど、覚えているかしら?」
「名前だけではなんとも。でも見れば思い出すと思う」
無理もない。あの日は本当に多くの人が来てくれたから。
「そうですか。いつか会う機会があると思いますよ。彼女、私のことを妹のように可愛がってくれてるんです」
「それなら、その時はしっかり挨拶しよう」
「ええ、そうして下さい」
ルイスとリネットが顔を合わせたらどうなるだろう?リネットは猫と接するルイスを見たら何と言うだろう。ルイスもリネットをどう思うだろう。
願わくば二人には仲良くして欲しい。ルイスは夫で、リネットは姉のような友人で、どちらもイオネにとっては特別な人なのだから。