猫と毒草
猫屋敷へようこそ
「ようこそ、我が家へ」
ルイスが馬車から降りるイオネに手を貸しながら歓迎の言葉を口にする。社交辞令的な一言ではあったがないよりはましだ。
イオネは今しがた式を終え、今日からイオネの家となるハワード家にやってきた。
ウェディングドレスは既に着替えているが、一応花嫁ということなので普段よりも質のいいドレスを着ている。生地の肌触りの良さに感動しつつ、機能的ではないデザインが窮屈でたまらない。
玄関の前に降り立ったイオネは早速目の前を横切る黒猫を目にした。
幸先の悪そうなスタートに無言で猫を眺めていると、ルイスが「ああ、アンジェラ!」と歓声を上げて黒猫に駆け寄った。
アンジェラ?
黒猫にそんな神々しい名前をつけている人を初めて見た。と言うよりも、黒猫を飼っていること自体が珍しい。世間では不吉だと思われている生き物なのに、ルイスはアンジェラを抱き上げて頬ずりをしている。
「会いたかったよ、アンジェラ。今朝は君に会えなかったからね。一体どこに行ってたんだい?食事はちゃんとしていたのかな。今夜はご馳走だよ。君もたっぷり食べるといい」
黒猫に話しかける姿にイオネは衝撃を受ける。
なにこの人。
語りかける瞳は慈愛に溢れ、雰囲気も非常に柔らかい。むしろ甘い。
イオネと話す時は割と淡々としている人だから、こんな姿は想像もできなかった。
「よし、アンジェラ。中に入ろうか。君もついてきて。案内するよ」
猫のついでのように声を掛けられたイオネの頭の中でプチ、と何かが弾けた。アンジェラを撫でながら上機嫌で家に入っていくルイスの後をついていく。
扉を開けると、ルイスは再び声を上げた。
「メアリー!エリザベス!トム!ただいま!」
見れば階段やその手すり、廊下を猫が歩いている。白、茶、黒ブチ。こちらを向くものもあれば、全く興味を示さないものもいる。イオネは階段の突き当たりのところに猫を描いた大きな絵を見つけてげんなりとした気分になった。モデルは恐らく階段を歩いている白い猫だ。真っ青な二つの瞳が来客をじっと見つめるような構図は一度見たらしばらく忘れられないだろう。これから毎日この絵に出迎えられるかと思うとため息が出る。
「イオネ、君の部屋は二階だ。その前に一階に猫達の部屋があるからそちらに行こう」
「え?」
猫達の部屋?
こっちだ、と言うルイスについていく。すると、次第に聞こえてくるニャーニャーミャーミャーという鳴き声。
「うちで飼ってる猫は5匹。彼ら専用の部屋があるんだ」
そう言って開かれた扉の向こうには、壁に爪を立てている猫や高いところからピョンと飛び降りる猫や二匹でじゃれあっている猫がいた。床に転がっているおもちゃはまだいい。驚くべきは、天蓋つきの立派なベッドがあることだ。イオネの瞳は大きく開いたまま固まった。
これが猫専用?
「今日は仲間も遊びに来てるようだ。うちにはうちで飼ってる子以外の子もよく来るんだ。気にせずに自由にさせてやってくれ」
「ええと、私はここには入るなということで?」
「まさか。遊びたくなったら好きにするといい。いい子達だよ」
「……はあ」
猫アレルギーじゃなくてよかった。そうだったら絶対に生きていけない。
イオネは心からそう思う。
猫は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど。
……失敗したかな。
イオネを部屋に案内するのを忘れて猫とじゃれあうルイスを見て漏れるため息を止めることはできなかった。
オリヴァー様、せめてもう少し普通の人はいなかったんですか。
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