殿下に愛をこめて

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  私、側室を卒業します 2  

 毎週恒例となったレティヴィア姫とチェレーリーズ姫とのお茶会。それぞれが身の振り方を考えなければいけないこんな時でもそれは開かれた。ううん、こんな時だからこそ、かしら。
 内心困っている私とは裏腹に、2人の表情はさっぱりしたものだ。きっと2人はもう決めたのね。それを伝えると、2人とも頷いた。
「わたくしは、以前からお付き合いのあった方のところに行きますわ。第二夫人ですけど、あの方のことが好きですもの」
 華やかな笑顔の裏にはいろいろな葛藤があったに違いない。チェレーリーズ姫がとある大臣と恋に落ちたのは知っている。いまやこの3人は苦節を共にした親友同士。隠し事は無しだ。チェレーリーズ姫は23歳、レティヴィア姫は26歳。それぞれ殿下の相手になり得ることはないと思っていたところに、別の相手との恋が芽生えていた。殿下には勿論内緒。殿下は知っていたかもしれない。でも気づいていなかったもしれない。後者の可能性が限りなく濃いあたり、殿下らしいというかなんというか。侍従のオブシェルあたりはきっとわかっていたと思うのだけれど。
「レティヴィア姫は?」
「私も結婚を考えています。ただ、教育係や作法の教師も続けていきたいと殿下にお願いしました。殿下は良いとおっしゃって下さいました」
 彼女は貴族出身の独身の高官と恋仲にあった。それでいて、これまで通りの仕事を続けるというのだから、チェレーリーズ姫よりも幸せな行く末のように思える。この国の法律では貴族以上の殿方は第三夫人まで持つことが許されている。とはいえ、複数人妻がいるというのはかなり大変らしい。1人の夫人に留めている人達もたくさんいる。なにせ、2人以上だとその妻達のいさかいがすごいことになり、それに相当の労力を割くことになるということだから。チェレーリーズ姫は苦労する。それも見えていて、それでもその道を選ぶのだからすごい。
「アティエット姫ったら。顔に出ていますわよ。わたくし、覚悟はしていてよ。でもね、いいの。元々第一夫人との仲は冷え切っていることですし。なんでしたらわたくしは別邸住まいにさせてもらいますから。それにね、いざという時は殿下を頼っていいのですもの。なんだったら皇帝陛下の名前で一筆書いていただきますわ。そしたらわたくしの天下ですわよ。もしとんでもないことになりそうだったら、迷わずそうします」
 ほほほ、と笑うチェレーリーズ姫は晴れやかだ。腹を決めたら人間はこういうものだ。でも彼女は強い姫君よね、本当に。
「それで、アティエット姫はまだ決まらないのね?」
 レティヴィア姫の問いに頷く。すると、情報通のチェレーリーズ姫が参考までにと行く末の決まった側室達のことを教えてくれる。
 南国出身の神秘的なエーフィリラ姫は今の仕事をそのまま続け、刺繍の教師に。エミサリル姫はなんだかんだ文句を言いながら、これから結婚相手選びに入るらしい。6人目の側室は後ろ盾となっていた大臣の家に身を寄せ、7人目の側室は一目惚れした某騎士と結婚し、8人目の側室は縁のある大臣家に身を寄せながら踊りの勉強をするという。
「私以外は決まっているのね」
 これは意外だった。
 しかも、みんな思い切りがいい。側室として残っても何の益がないことをわかっているからこそ、動けるのだとわかってはいるけれど。故国に帰る姫君がいないのは帝国に残った方が幸せになれるからだろう、きっと。
「焦ることは無いわ。まだ半月あるもの。いざとなったら殿下は期間を延長して下さるでしょうし」
「それには及ばないと思いますわよ」
 私の淹れたお茶を優雅に飲みながらチェレーリーズ姫がウインクする。
「どういうことでしょう」
「……まあ、アティエット姫だって、ここまで何も考えてこなかったわけではないでしょう?取り敢えずのところでいいから、わたくし達に教えて下さらない?未決定事項は人には漏らしませんわよ」
「そうですね。私も聞きたいわ」
 2人に急かされて溜息をつく。
「まだ、帰るか残るか決めかねているのですけど」
 流石に、2人の姫君は驚いた。
「あら、まだその段階?」
「もし残る場合は?」
 それも問題なのよ。
「いつまでも殿下方の剣のお相手をしているわけにもいきませんし、頼りになる方を探さないといけないでしょうね」
 なるほど、とレティヴィア姫が頷いた。
「いずれにせよ、後宮には誰も残らないのね」
 この賑やかな後宮から姫君達がいなくなる。それは寂しいことに思える。でも。
「殿下が望んだことですもの」
 私が言うと、2人とも頷いた。


*        *        *


「この間のお茶会から、暗くなりましたねえ」
 コーテアの間延びした声に顔を上げる。
「たまには悩むのもいいですけれど、あまり悩みすぎると一生分の脳を使ってしまってこれからの人生まともに判断できなくなってしまったら大変でございますよ」
「いつものことながらあなたってば失礼ね」
 どこぞの殿下と一緒にしないでくれる!?
 思わず言ってしまいそうになって口を塞いだ。危ない危ない。殿下は主人。私は殿下に仕える身。今の身分から自由になるとはいえ、不敬罪で捕まったら今悩んでること自体無意味だわ。
「殿下だって1ヶ月悩んだっていうのよ」
「大方、悩み始めたから結論を出るまでの期間であって、一日当たり5分程度考えた程度じゃないですか?」
「コーテア」
 それは言い過ぎよ、と咎めるけれどなんとなくそんな気がしてしまうのが怖い。いやいや、流石にあれだけの決断をするのに1日賞味5分×1ヶ月だというのはお粗末過ぎる。殿下は本当に1ヶ月みっちり悩んだんだと信じたい。
「大体、あなたってばよくそんなにのんびりしていられるわね。私が動くってことはあなたも動くのよ」
「別に私は姫様がどういう決断をされようがついていくだけですもの。激動の人生、どんとこい、ですわ」
「コーテア……」
 なんていい侍女だろう。国からコーテアを連れてきたのは正解だったわ。胸がじーんとする。
 でも。
「せめて、本から目を離して言って欲しかったわね」
「今、いいところですの。残念ながら、それは無理ですわ」
 コーテアは今貴族の間で流行っている小説にかじりついている。ページは本の残り一割程度というところ。目を離したくない気持ちはわかるわ。でも、なにかしら、この気持ち。
 とにかく、こういう時のコーテアは何を言っても無駄。それがわかりきっているからには、こちらも割り切るしかない。
「取り敢えずね、私も王家の一員でしょ。やっぱりね、血を残しておきたいと思うのよ」
「常識的ですね」
「そうよ。私は常識人だもの。ここにきて、大分毒された気もするけど」
 誰に、とは言わない。
「剣を教えるのも限界があるわよね。いつまでも殿下の剣の相手なんてしていられないし、弟殿下の方は筋がいいもの。私じゃ相手にならなくなる日も近いわ」
「本当に、兄殿下とは似ても似つきませんわね」
「お茶を仕事にするのも考えたけれど、でも、それはあまりに弱い気がするの」
「あら、姫様のお茶は今や王宮随一ですわよ。好評を博すこと間違いなしですわ」
「ありがとう。でも、とにかく、私も結婚を考えているのよ」
 お茶で自分の居場所を作ることもできるかもしれない。でもそれは後から考えればいい。 
 21歳。このタイミングを逃すと後が大変になる。結婚するにせよ、後宮を解体するこのタイミングだからこそうまくいくのであって、時間が経つと難しくなるのは私でも想像できる。
 今しかない。
 でも、肝心の恋人がいない。
 他の姫君達のようにもっと積極的に動けばよかったと後悔しても遅い。そもそも、どこかの誰かの影響か、あまりにこの後宮でのんびりしすぎた。好きな人でもいれば、またその人の伴侶にと望むこともできたのに。
「で、どなたが候補に?もう期限も1週間を切りましたもの。考えてはいらっしゃるのでしょう?」
 流石コーテア。伊達に何年も私の侍女をやってるわけじゃないわ。
 これについては本当に真剣に考えた。
 夜も寝ないで思案した日もある。
 まだ誰にも言っていない。でも流石に本人には伝えなければならないと思う。
 拒否されたら?
 困る。相手が嫌がっているのに押し通す程の想いもない。
 でも、精一杯考えて振り絞った結論だもの。
 私がその相手の名前を言うと、コーテアが本から顔を上げてにっこり笑った。
「妥当なところですわね」 
 私も心置きなく仕えさせていただきますわ。
 そうつけ加えて。
「では、あちらの方に打診しに参りましょうか」 
「今から?」
「ええ。期限は迫っていますもの。大丈夫ですわ。あちらは姫様のこともよくわかって下さいます。協力して家庭を築いていけますわ」
「だといいけど」
 まずは聞いてみないことにはわからない。
 話をするのは気が重いけれど、何もせずに時が過ぎるのを待っても意味がないもの。
 仕方ないわね。
「コーテア、私が直接話すわ。あなたは会う時間と場所だけ取り付けてきて」
「承知致しました」
 では早速、と本を置いてコーテアは出て行く。
 果たしてうまく行くかしら?
 失敗したらどうしたらいいかしら?
「殿下、1ヶ月は短いです」
 愚痴を言っても返事は無い。
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