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  変化 前編  

 突然加わった石山の存在は、固まりつつあった状況に変化を起こした。
 美穂と一緒にいた石山が由貴那達と行動を共にし、奈美と普通に過ごしているのを見て、一部の人達は態度を変えた。かも、美穂は石山に対してイライラすることはあっても由貴那や奈美にしてきたように攻撃することはなかった。美穂の取り巻きはそうとも限らなかったが、肝心の美穂が石山に対して強く出ないのはどうしてか。更に石山は何も悪いことはしていないという姿勢を貫いている。それが人々に様々な憶測を呼んだ。
 つまり、奈美が由貴那から誠也を奪ったというのは嘘じゃないのか――ということだ。そう思って改めて奈美の周辺を見てみると、由貴那は奈美を悪く言わずに常に一緒にいるし、誠也も奈美を害する者には容赦しないで徹底的に守り抜こうとしている。よくよく考えてみれば、写真が出回る前、由貴那と誠也は大喧嘩をしていた。更に本人達の話では、写真が取られる前には破局していたという。じゃあ、奈美が今受けている仕打ちは不毛なものじゃないか。そう思う人間が増えてきた。
 その結果、美穂やそのグループがいない時に奈美を気遣う人が出てきた。あくまで美穂の目の届かないとこでだが、「大丈夫?」「無理しないでね」といった声が掛けられるようになった。
 ただ、一方で態度がきつくなった人々もいる。美穂に関係する人々だ。そればかりは仕方ないのかもしれない。でも本当に迷惑だ。
「桐島、飴食べるか?」
 手洗いから教室に戻ると、森君に声を掛けられた。答えなんて決まってる。
「うん、食べる」
 笑顔で手を出すと、その上にカラフルな包みが二つ置かれた。イチゴ味とメロン味。フルーツ系の飴が好きなんだ、と前に話したのを覚えていてくれたんだろうか。お礼を言いながら、奈美の状況を確認する。誠也と石山ががっちり両脇をガードしている。あれなら由貴那がいなくても大丈夫だろう。
「甘いの食べれば、少しは疲れもとれるだろ」
 そっか。だから飴なんだね。
「ありがと。でも、逆にとりすぎないように気をつけないとね」
 口にイチゴ味の方を放りこむ。
 さっきまで森君と話していた藤本君は漫画を開いている。彼は森君が私のことを好きだと知っている――森君から教えてもらった――ので、こういう時は気を遣ってくれている。由貴那としても森君と話す時間が増えるので嬉しい。でも、あまりそういう気の遣い方をされるのも恥ずかしいので、藤本君も入れて話をするようにはしている。ただ、今日は厚意に甘えさせてもらいたい気分だ。
「なんか、すっかり馴染んだな」
 森君の視線の先にいるのは奈美に話しかけている石山だった。最初は森君も石山の行動が理解できなくて由貴那と同じように裏があるんじゃないかと疑っていた。
「本当にね」
 由貴那もいまだに石山が何を考えているのかよくわからない。けれども、石山が誰にも危害を加えないから、警戒の方も大分解けてきている。
 最初は美穂の差し金かと思った。でも美穂の石山を見る目には裏切られたショックと怒りがこもっている。もし美穂がこちらに探りを入れようとしているなら、もっとあっさりしているはずだ。石山が美穂から離れたのは本当に自分の意思みたいだ。
 だったら、このままでいいかな。
 最近はそう思う。
 一週間、一緒にいてわかった。石山は何も言われない限りは人の悪口を言わない。不条理な言葉を投げかけられたら投げ返す。でも進んで誰かを攻撃するなんてことは絶対になかった。それが今の由貴那には心地よかったし、奈美や誠也にとっても安心できるようだった。
「なんか、どうなるかと思ったけど、結果的には良かったのかもな」
「ん?」
「石山がいなかったら、桐島はもっと大変だったんじゃないか」
「……だね」
 本当にそう思う。石山のおかげで、最悪の事態は抜け出した。それでも奈美にとっては辛い毎日だけど、由貴那と誠也だけではこの状況にするのは到底無理だった。それに、由貴那自身、学校でこんなふうに森君と話せる時間なんて取れなかったはずだ。石山がいなければ。
「今度、なんかお礼しようかな」
 部活帰りにでも誘ってみようか。
 ジュースじゃ足りないかな。それじゃあ、ケーキ?
「もうちょっと落ち着いたらでいいと思うよ。そんなに気を使うことないだろ」
「そう?」
「そうだよ。桐島だって、まだ余裕ないだろ」
「うーん、学校から離れれば、大丈夫だと思うけど」
「それは大丈夫って言わない」
 まるで叱るように言われて、苦笑する。
 今夜のメールは多分、頑張りすぎ、って言われるんだろう。森君からよくかけられるその一言がどういうタイミングでくるかわかるようになってきたのは喜べばいいんだろうか。
 わかったよ、と応えて由貴那は奈美のところに戻った。



 今日は部活が無い日だ。
 さっさと帰ろうと、四人で固まって階段を降りる。ファーストフードにでも寄っていこうかと話している中、奈美が「あ」と声を出した。
「古文のプリント、忘れてきちゃった」
「宿題の?」
「うん。取りに行かなきゃ」
「明日の朝、写せばいいんじゃない?」
「何行ってんの石山。あれ、一時間目までに写しきれる感じじゃなかったよ」
「そうだった?じゃあ仕方ない。戻るか」
 行くよ、と石山が踵を返す。由貴那もそれに続く。誠也も当然一緒に行こうとしたが、石山がそれを止めた。
「ぞろぞろと行く必要ないよ。木村は下で待ってな」
「何言ってんだ」
 誠也が憮然とした顔になる。授業中でもないのに奈美を自分の目の届かないところにやるのは心配のようだ。少し前までだったら由貴那も同じ反応をしていた。でも、今は石山の言う通りにしても大丈夫だと思う。石山が一緒にいると、美穂はあまり強く出てこない。その安心感を他でもない奈美も感じとっていた。
「誠也君、大丈夫だから。すぐに戻るから、ちょっと待ってて。ね?」
「……本当だな」
「うん。じゃあ、ちょっと行ってくるね。ごめん、由貴那ちゃん、石山さん」
 奈美に声をかけられて由貴那と石山は降りてきたばかりの階段を上がりだす。誠也は納得してないようだったが、それでも昇降口に足を向けた。しかし、本当に駄目だと思ったら奈美の言うことも聞いていない。
 奈美のことになると、本当に心配症なんだから。
 最近の誠也を見ているとつい口元がにやけてしまう。微笑ましい、というのとはちょっと違う。やっぱり悪友だからだろうか。
 奈美と石山が他愛のない話をしているのに相槌を打っていると、上から森君が降りてくるのに気づいた。
「森君、バイバイ」
 手を振ると、すれ違いざまに「じゃあな」と返ってくる。しっかり目を合わせての挨拶が嬉しい。
 森君の姿はすぐに見えなくなる。それを残念に思っていると、「桐島さぁ」と石山に思考を引き戻される。
「え?」
 振り返ると、石山はじっと由貴那を見ていたが、「やっぱいい」と視線を逸らした。丁度教室の前まで来ていたので、奈美の前に出ていく。石山と二人で奈美を挟むようにして教室に入ると、「うわ」「うざい」「きもい」そんな声が上がる。残っていた美穂のグループのメンバーだった。美穂もいたが、こちらを睨んだだけで何も言わない。奈美の顔が引きつったが、それでも三人で無視を決めた。奈美が机の中からプリントを出す。
「一枚だけだったよね?」
「そうそう。やけに書くとこ多いけどね。じゃあ、行こっか」
 由貴那が促して、また三人で教室を出る。それまでずっと貼りついていた美穂の視線から解放されたことで多少の安心感が生まれる。でもまだここは学校の中だ。早く出てしまうに限る。
「酒井、それやったら明日の朝、見せてよ。私、今日塾あるしやる気しないんだよね」
「最初からやらない宣言するのはどうかと思うけど」
 石山のこういう部分には時々ツッコミを入れずにはいられない。
 彼女にはどうも変に無気力なところがあって、それを悪びれる様子が全くない。今だって、「やりたくないんだから仕方ないじゃん」なんて口を尖らせている。
 あまり物事に頓着しない性格のようで、どこか宙に浮いているような感じがする。それでも石山なりの美学のようなものはあるらしく、ただそれもまた常識と離れているところがあった。
 不思議な人だと思う。彼女に救われたところはとても多く、どれだけ感謝してもしきれない。今の由貴那達にはなくてはならない存在だ。それなのに、数年後、彼女とまだ繋がりがあるかどうかと考えると、その時には連絡がつかなくなっているような気もする。それも一方的に。石山遙とはそんな女だ。
 昇降口に着くと、誠也が外にいるのが見えた。しかし、一緒に森君がいるのを見て由貴那は目を瞠る。
 なんであの二人が?
「へー、珍しい組み合わせだね」
 石山が率直な感想を口にする。由貴那のクラスに入り浸っている誠也だが、森君との接点はほとんどなかったはずだ。これまで二人が話しているところなんて見たことがない。奈美もどういうことかよくわからなかったようで、首を傾げている。
 三人が外に出ると、森君が目を細める。
「じゃあ、俺はこれで」
「おう」
 森君が背を向けて歩き出す。一体二人に何があったのか気になって仕方がない由貴那はその後ろ姿から目を離すことができない。
「誠也君、待たせてごめんね」
「いや。プリント、ちゃんと持ってきたか?」
「うん、ばっちり。ところで森君となに話してたの?」
「ん、ちょっと」
 誠也が言葉を濁すことは滅多にない。それが余計に興味をひいた。
 四人で学校を後にしてしばらくした頃、「あのさ」と誠也が石山に話しかけた。
「悪い、寄り道は今度にしてもらえないか?ちょっとやることができた」
「ふーん、別にいいけど」
 石山はどうでもいいような反応をする。そんな石山に誠也は再度謝り、結局駅で別れることになった。
 別れたと言っても方向が違うのは石山だけだ。由貴那、誠也、奈美というお馴染みの顔ぶれになったところで、誠也が「カラオケ入るぞ」と由貴那の腕を引っ張った。
「え?用事があるんじゃないの?」
「お前にな」
「はあ?」
 今更何の話があると言うのか。
 戸惑う由貴那を誠也はさっさとカラオケ屋に連れ込んでしまう。帰った方がいいかと尋ねた奈美も引きとめられて、あれよこれよというまに三人で狭い個室の中だ。
 わけがわからない由貴那はムスッとした顔を隠さない。
「いったい何なの?石山帰して、カラオケ屋だなんて、まるで密談じゃない」
「そうだよ」
 腕組みをして足を組んだ誠也はいつにも増して偉そうだ。すらっと長い足は羨ましくもあり、憎らしくもある。けれども、今は眉間に寄った皺が気になる。
「お前のクラスの、森」
 突然出てきた名前に由貴那はドキッとする。
 こんな場所で、こんな状況で、彼の名前が出てくるなんて。良くない予感に由貴那は神経を尖らせる。
「あいつ、俺達のこと知ってたんだな」
「どういうこと?」
「俺と由貴那が本当はつきあってなかったってことだよ。さっき、奈美を待ってる時に言われた」
「なんでそんなこと……」
 森君はどういうつもりで誠也に告げたんだろう。
 もう、「偽彼女」も終わったんだから、言う必要もなかったのに。
 誠也は苦い顔をして森君とどんな会話をしたのかを話し始めた。その内容に由貴那も奈美も言葉を失った。
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