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  76  

 良臣に引っ張られて駅まで来たところで瑞穂は我に返って足を止めた。
「どうした」
 良臣も足を止めて瑞穂を振り返る。
 どうした、じゃない。
「どこ行くの?」
「どこって、帰るんだよ」
「でも塾が……」
「馬鹿か。そんな顔してる時に塾行ったって無駄だろ。それに周りに何かありましたって言ってるようなもんだぞ」
「でも、帰ったらお父さんもお母さんも心配するし……」
「当然だろ。でも良かったな、二人で一緒に外食してくるってさ。さっきおばさんからメールがあった」
「あ……」
「だから堂々と帰るぞ」
 ほら、と手を引っ張られる。繋いだ手は強く握られていて瑞穂を逃がさない。良臣の導くままに瑞穂は駅の中に吸い込まれていった。



「で、何があったんだよ」
 家に帰り、先にコンビニで調達してきた食事を済ませると、良臣は瑞穂をリビングのソファに座らせて単刀直入に聞いてきた。食べ始めた時は聞かないでいてくれるのかと思ったけれど、あくまで見逃してくれるつもりはないらしい。かと言って積極的にしたい話ではない。まだ心は動揺していて、できるならもう少し時間が欲しい。
 でも良臣はこれ以上待てないといったようで、視線が険しくなってきている。
「えと、光二が……」
 言葉が途切れてしまう。しかし名前を聞いただけで良臣の目は更にきつくなった。
「あいつか」
 出てきた声が低くてドキッとする。
 良臣は既に苛立ち始めている。全部話したら機嫌が悪くなるのは目に見えている。
 それも嫌で黙っていると瑞穂の目の前で立ちながら腕組みをしていた良臣が身を屈めてきた。機嫌の悪い顔が近くに来て、思わず後ろに体をのけぞる。
「あいつが何したって?」
「え、えーと」
「さっさと話せ」
「うーんと」
「話せ」
「…………お願いだから目の前に立つのやめてくれる?」
「お前が話すなら」
「……………………はい」
 意地でも聞き出す意思を感じ取り、頷くしかなかった。良臣は瑞穂が降伏したのを見ると別のソファに腰を下ろした。瑞穂と九十度を描いている形だ。
 実は、と瑞穂が夕方の出来事を話し出すと、良臣の顔は一気に渋くなった。表情でいろいろ反応を示すものの、瑞穂が全て話し終えるまで一言も発しなかった。
「――――ってわけで、なかなか大変だったんだよね」
「…………あの野郎」
 良臣はこみあがる怒りを抑えきれないようで何度も足を組み替える。声と顔からその度合いを感じ取った瑞穂はソファを殴らなかっただけ我慢してるのかもしれない、と見当違いなことを考える。光二のことを考えたくない。でもまた逃げて取り返しのつかないことになってしまうのが一番嫌だ。
 ここまで光二について溜め込んでいたものが爆発してパニック状態になってしまった。瑞穂は泣いてしまったけれど良臣は怒っている。まるで自分のことのように。それが心強くて、気持ちがほんの少し軽くなっていく。
「気に入らない」
「うん」
「ちゃっちい計算して女にしたけど自業自得で終わったってのにやり直せないか?どんだけ頭悪ぃんだよ」
「うん」
「こんだけ嫌われててまだ諦めないつもりか?てめーはゴキブリか。望みがないってことを自覚しろよ馬鹿野郎」
 いや、間違いなくゴキブリより頭がいいからいろいろ考えて行動したんだと思うんだけど。
 意味のないツッコミを胸に留めて、瑞穂は後半部分のところにだけ頷いた。
「狩屋がそう言ってくれてなんか落ち着いたかも。さっきはつきあうの『つ』も彼氏の『か』も聞きたくなかったんだけど。今なら顔面パンチくらわせるくらいの余裕はでてきた」
「やればよかったんだよ。そしたら目が覚めるかもしれないぞ。勝手に抱いてる幻想から」
「幻想ってなによ」
「幻想だろ。あいつがどんな願望持ってるか知らねーけど。待ってればお前の気が変わるとか。お前はそれを幻想じゃないと言うのか?」
「幻想に決まってるでしょ。鑑定書つけてもいいよ」
 即答すると良臣は深く頷いてメールを打ち始めた。
「取り敢えず非常時宣言出しとくか。厳戒レベルSな」
 茜と宏樹に要点だけかいつまんだ話をしておくらしい。
 瑞穂としてはちょっと元気が出たとはいえそこまで気が回らないから本当に助かる。
「ありがと」
「明日はちゃんこでいい」
「…………」
 見返りはしっかり取るらしい。ちゃんこ鍋の素を使っていいだろうかと考えていると良臣はメールを打ちながら話しかけてくる。
「で、お前は平気なの?」
「すごく動揺したんだけど。狩屋に強制送還されるくらいには」
「そうだな。今もまだ?」
「今は大丈夫。明日光二と会ったらわかんないけど……」
「あいつらが一緒にいてくれるだろ。明日は一人にしないように念押ししといた。俺も気にしておく」
「まるで司令塔だね」
「そうだな」
 オッケー、と呟いて良臣は携帯を閉じた。視線が瑞穂に戻ってくる。
「守りに入るもよし、攻めるもよし。絶対にあいつに隙を見せるなよ」
 不安の方がずっと大きい。でも真剣に言葉をかけてくれる良臣のお陰でなんだか乗り越えられるような気持ちになってきた。
 大丈夫。そう信じよう。



 翌日、瑞穂は緊張しながら登校した。
 この一週間が終われば冬休みだ。
 そこを耐えればなんとかなる。年が明けてもいくら今の光二でもセンター試験前に無体なことはしないと信じたい。
 それとも、年内に決着をつけようとする?
 まさか。
 待つと言っていたのは光二だ。
 きっとこれは長期戦。でも早く終わらせたいというのが本音だ。
 瑞穂の姿を見つけた茜は周囲が目を剥くほどの猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「瑞穂、大変だったね。あたしとしてはやられたって感じなんだけど。まさか昨日の放課後奇襲するなんて」
 人目を集めたものの小声で囁く茜の声はかろうじて瑞穂に届くくらいの大きさだ。
「奇襲は奇襲でも爆撃レベルだったよ。取り敢えず臨戦態勢で来たけどね」
「あたしも今日からは遠慮なしで冷たくしようかな」
「気持ちは嬉しいけど特攻するのはやめてよ。逆ギレされたら向こうの方が力は強いんだし」
「あれ?結構冷静?」
「言ったでしょ。臨戦態勢だって」
 5組の前に早速敵の姿を見つけて睨みつける。それでも足を止めることはしない。茜の空気も冷たいものになる。
 視線が光二と交わる。
 所在なさげに壁によりかかっていた光二の顔は今日も切羽詰まっていた。昨日と比べると不安の色が多くなっているのを見てこっちが強く行くしかないと出方を決める。
「瑞穂」
 話しかけてくる光二を無視して教室に入る。茜は不機嫌な声で「おはよ」と冷たく挨拶だけし、5組のメンバーにはいつものように挨拶をしている。
 光二はショックを受けている。
 余計な気を持たせたくないから廊下の方を見たりしない。それでも光二の様子はわかる。
「そうだ」
 携帯を取り出して光二の着信とメールを拒否設定にする。
 もう遠慮はしない。
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