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 瑞穂が光二を避け続けて一週間。それは同時に光二が瑞穂を追いかけ続け、無視され続けた一週間だった。
 明日から冬休みを迎えることに危機感を抱いたのだろう。光二はいつにも増して必死になっていた。
「瑞穂、頼むから話を聞いてくれよ」
 靴箱で瑞穂を待ち伏せていた光二はこれまで頑張ってきた挨拶も忘れていた。
 それを聞いていないかのように瑞穂は階段を上り始める。
 目を合わせないのも慣れたな。
 人としてどうかと思うものの、愛想よくして下手に希望でも持たれたら困る。それに、もう光二との関係を完全に断ち切ってもいい。寧ろその方がいいかもしれない。そう考えてこの一週間頑張ってきた。
 周囲は勿論異変に気づいた。
 勘繰る人もいるし、見て見ぬ振りをする人もいる。
 それが全く平気というわけじゃない。やっぱりかわいそうとか、ちょっと寂しいなんて気持ちも浮かんでくるから困る。
 だからと言って流されたりしない。
 とにかく今日を凌げばなんとかなる。なんとかなればいい。そう思っている。
 あと少しだと思えば。
 敢えて時間ギリギリに登校した思惑は上手く行き、席に着くと同時に予鈴が鳴る。
 悔しそうに自分の教室に戻る光二の姿は既に見ていなかった。



 薄っぺらい成績表は意外にも感動が詰まっていた。幾つかの科目で評価が上がっている。受験には直接関係ないけれど、模試や期末テストでの結果が確かにここにも表れている。
 狩屋にも後で見せよう。
 勇気づけられるのを感じながらそっと成績表をファイルにしまった。
 午前中で終わりとあって、担任が話をしているのに周りはそわそわしている。瑞穂も少しでも早く、せめて光二のクラスより早く終わってくれないかと落ち着かない。
 終業式の最中はじりじりと視線を感じてとても居心地が悪かった。
 向こうも今日がチャンスだと思ってる。
 多少の無茶はしてくる筈だ。
 それがどの程度のものか想像がつかなくて不安だ。
 以前瑞穂が学校で倒れた時、マンションまで押しかけてきたこともあった。あの時は居留守を使ったけれど――。
 あれ?もしかして、早く逃げ帰っても同じことやられたら意味ないんじゃない?
 もう一つくらいランクが上のマンションだったら中まで入ってこれないけど、残念ながらそうじゃない。とっても快適に暮らさせてもらってるけど今だけはそれが不安要素になる。
 家に帰らない方がいいのかもしれない。
 そのまま塾に行って、お昼はコンビニでパンでも買って自習室で時間を潰した方が安全だろうか。
 どうするにしても駅までは同じ道だ。そこまでに捕まったら?
 また聞きたくもない言葉を聞かされるんだろうか。
 瑞穂にとっては無意味の、何一つ先に繋がらない話を。
 担任の話はまだ終わらない。
 既に幾つかのクラスは終わっているようで、廊下が騒がしくなってきた。
 早く終わってよ!!
 焦る中でやっと帰りの挨拶に入る。
 走り出す準備をしようと鞄の取っ手を力をこめて握ったけれど、ついに光二の姿が視界に入って息を飲んだ。
 さよならと同時に茜が寄ってくる。
「一緒に帰ろ」
「え、でも茜は彼氏と約束があるんじゃ……」
「後で合流するから。今日は注意報じゃなくて警報出てるし。何としても瑞穂を守れって司令官の厳しーいメールも来ちゃったし」
「司令官?」
「狩屋」
「あ……」
「瑞穂は気にしないで。あたしもやりたくてやってることだから。ゾンビの餌食になんて絶対させないからね」
「……ありがと」
 茜のお陰で不安が消えていく。
 そうだ。気持ちで負けてちゃいけない。
 とにかく塾にそのまま行くことに決めて、茜と連れ立って教室を出る。当然近寄ってきた光二をいつものように見ない振りをして携帯を開いた。
「瑞穂。瑞穂、なあ」
 うるさい、なんて言葉じゃもう治まらない。
 逆立っていく気持ちを必死で抑えながらメールを送った。
<茜と一緒に駅まで行くね。向こうの方が終わるの早かったから待ち伏せされてた。今、ついてこられてる。今日は塾に直行します。 瑞穂>  
 状況報告だけど、これを見て狩屋はどうするだろう?
 どうもできないよね。
 狩屋が変に動くと光二は逆上するだけだと思う。狩屋も同意見だからこれまで茜や宏樹にあれこれ手を回してくれていた。実際、私がいないところで茜や宏樹は光二に結構厳しいことを言ってくれている。特に茜はもう少しで殴りかかるところだったらしい。茜を力ずくで止めるのが大変だったというのは宏樹の証言だ。
 取り敢えず光二は無視して茜と普通に話をする。
「茜、今年の冬休みは遊べないね」
「まー仕方ないよ。でもさ、受験終わったらいっぱい遊ぼうね。遊園地でしょー、ショッピングでしょー、カラオケでしょー、女子デート楽しみだなー」
「彼氏が聞いたらなんて言うと思う?」
「『いいんじゃない?』って言うと思う。女同士の付き合いをどうこう言う人じゃないよ」
「そうだね。じゃあ、女子デートの為に私も頑張らないとなー。残念会にはしたくないし」
「お祝いになるといいね」
 敢えて軽いノリでの会話。笑顔を無理矢理くっつけてみるけど、はっきり言って喋ってる内容は綺麗に右から左へと流れていく。茜と話している間にも光二は必死に呼びかけている。
 既に学校から離れたとはいえ、周りに生徒はいて、あからさまな眼差しを向けてくる人もいる。
 鬱陶しい。
 もしかして、今やってることって逆効果?
 大人しく黙ってるからいつまでもつきまとってくるの?
 我慢の限界だったのは茜も同じようで、さっきから怖い顔で無言になってしまっている。
 瑞穂は足を止め、ゆっくり光二を振り返った。久しぶりに合った目はほんの少し安心した様子を見せた。しかし、何一つ許さないという気持ちをこめて睨みつければ、流石に光二もよくない空気を察して固い表情に戻る。
「ちょっと、瑞穂」
 茜が瑞穂の制服を引っ張った。ここで相手をしなくても、と言いたいようだ。
「ごめん、茜」
 もうこんな状態は嫌だった。
「瑞穂、この間は――」
「話しかけないで」
 話を切り出した光二の言葉を遮った。自然と声は低くなる。
 驚きに目を瞠った光二を見ても、何の感情も湧かなかった。かわいそうとも、いい気味だとも。
「光二の話なんて聞きたくない。つきまとわれるのも迷惑。一方的に自分の気持ちだけ押しつけようとしないで。私に――関わらないで」
「俺は瑞穂が好きなんだよ」
 きっぱりと拒絶をしたつもりだった。それなのに光二は傷ついた気持ちを隠さず、真剣な顔で訴えてくる。
「私は好きじゃない――もう好きになれない」
「いくらでも待つから。絶対に大切にする。約束するから」
 頼む、と一歩光二が距離を縮めるのを見て、瑞穂は一歩下がった。 
「一生かかってもそうならないよ。私、光二とは終わってるから」
「諦めるなよ」
「そっちこそ諦めてよ。私、せめて友達として光二のことは好きでいたかった。でもそれももう無理」
 この話をしていると頭が痛くなる。
 茜が瑞穂の手を取って握ってきた。味方だよ。そう言われている気がする。
「もう顔も見たくないの。声も聞きたくない。お願いだから、そういうのもう止めて。私、本当に限界で」
 目がつんとしてきてついには涙が流れてきた。
「瑞穂、俺、そんなつもりじゃ」
「ああもう黙ってよ!光二が瑞穂を傷つけてるんだってば!」
 茜が光二を怒鳴りつける。次の瞬間には「大丈夫?」と瑞穂に優しい声をかけ、それでも光二を許さないとばかりに睨みつけた。
「そりゃあ、光二だって傷ついてると思うよ。でもさ、あんたが今してることってストーカーじゃん。瑞穂が本当に好きなら瑞穂傷つけてどうすんのよ。自分の気持ち押しつけてばかりだからうまくいかなかったのに、また同じことしてる。何が好きよ、聞いて呆れる」
「俺だって限界なんだよ……!」
 切羽詰まった表情で訴える光二を見ても、瑞穂はもう何も心が動かなかった。
「ここまでだね」
 本当はずっと昔にこうしなければいけなかった。
 それを特別な友達だと思って繋がりを持ち続けていた結果がこれだ。たまったつけは自分で払わなければならない。
「光二、私達終わりだよ。友達としても。これ以上つきまとわないで。続けたらおばさんに連絡する。うちの家族にも、先生にも言うよ。必要なら警察にも。私と離れて頭を冷やして。そしたら光二も別のものが見えてくると思う。……じゃあね」
「瑞穂!」
 絶縁宣告に顔を真っ青にした光二だったが、背中を向けた瑞穂をすぐに追いかけようとした。しかし、そこに立ちはだかったのは茜だった。
「光二。あたし達、今は自分の道をちゃんと見なきゃいけないと思う。瑞穂もあたしもセンター近くて必死で、こんなことしてる場合じゃないんだよ。光二は瑞穂の将来を潰したいの?」
 瑞穂は背中でその言葉を聞いた。茜はすぐに瑞穂に追いついて、腕を絡ませてきた。
「瑞穂、頑張ったね」
 その一言でさっきとは違う涙が出てきた。  
 少し低い茜が手を伸ばしてよしよしと瑞穂の頭を撫でる。それが温かくて、どうしようもなかった。
 結局、光二は追いかけてこなかった。
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