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 夜、塾に行くと昨日告白してきた彼は既に来ていた。
「さっき、狩屋と話したよ」
「え?」
「昨日仲間内で約束あったんだって?言ってくれればよかったのに」
 彼の話をまとめるとこうなるらしい。
 彼が塾にやってくると階段の前で良臣に捕まった。良臣は手短に話をした。
『昨日は悪かったな。あの後、いつもつるんでるやつらで待ち合わせしてたんだ。俺達の方が距離があったから、遅れたくなかったんだ』
 瑞穂を良臣が連れて行った理由をそういうことにしたらしい。でも瑞穂には意外だった。昨日は瑞穂の方から話せと言っていたのに。でも良臣が動いたなら、瑞穂も話を合わせるだけだ。
「そうなの。模試終わったから軽く息抜きしようってことで」
「狩屋とも仲いいんだ?」
「うん。元々親同士が仲良くって。マンションも一緒だから塾の帰りも一緒になることが多いし」
 すっかり型通りになった答えに少しだけプラスして笑顔を浮かべると、彼は「へー」と頷いている。
 その後はいつも通り。愛のない世間話をしている間に先生がやってきて会話は終了。そして授業が終わると瑞穂は即座に席を立っていつものコンビニへと向かった。今日は瑞穂の方が早かった。けれど三分もしない内に良臣がやってきた。
「狩屋、先に話してくれたんだ」
「お前より先にあいつを見つけたからな」
 良臣がスナック菓子を一つ手にし、レジに並んでいる間にそんなやりとりをする。会計を済ませて歩き出しながら、瑞穂は良臣の機嫌が大分直ってきているのを感じ取った。
「狩屋、宏樹に何か言われた?」
 昼休みに一組に戻っていった後の宏樹の行動が気になる。余分なことを言ってないだろうか?でもそれなら良臣の機嫌はまだ悪いままのはずだと自分を勇気づける。
「お前が気にするようなことは特に」
「そう。なんか、昼に狩屋のこと気にしてたから」
「自分が可愛いだけだろ。つーか、お前も坂本のことより中西のこと気にしなくていいのかよ」
 それを言われては元も子もない。一番気にするところは確かにそこだから。
 コンビニを出ていつもの道をいつものように歩き出せば、良臣の機嫌はほとんど直っていることに気づいた。話しかけにくい雰囲気はない。それでも完全に大丈夫とは言えなさそうで、瑞穂は言葉を選ばなくてはと考える。
「十二月になって一気に寒くなったよね」
「当たり前だろ。十二月は寒いもんだって。冬だしな。そもそも、受験は冬が本番だっての」
「狩屋は寒いの平気?」
「人並みに苦手」
「なにそれ」
 要は普通だと言いたいんじゃないか。どうも言い方が変だと思う。
「お前は?」
「寒いものは寒いけど、私も普通だと思う。防寒対策はばっちりするけどね」
 茜は冷え性で既に完全防備で学校に来ている。水泳をやっているのに不思議だ。冬になると何かと難儀している茜を思い出し、自分はそういうことがなくて良かったと思う。
「そういや、私立のことだけど」
 良臣が思い出したように言う。
「結局、どこにすんの?」
「えーと、まだ最終決定はしてないんだけど……」
 考えている三校の名前を出すと、良臣は首を傾げた。
「なんか、上二つが同じレベルじゃねえ?」
「ランクに差はなかったよ」
「滑り止めはどっち?」
「一応H大かな」
「じゃあ片方変えとけ。一つくらい思い出受験したっていいだろ」
「なによ、思い出って」
 最初から落ちて当然って雰囲気がしてあまり好きじゃないんだけど。一体何を考えてるのか。そう思った瑞穂に良臣が告げた大学名は超有名私立大だった。
「ちょっ……無理だって。お金の無駄。思い出にも程があるでしょ」
「学部選ばなきゃ確率上がる。しっかり対策すりゃ受かりそうだけど、でもお前の本命そこじゃないしな。雰囲気だけ味わうだけでも勉強になるって言うし。おじさんとおばさんには俺から言っといてやるから」
「え?勝手に決定にしないでよ」
「あくまで勧めるだけだって。どれだけ横暴だと思ってるんだよ」
 どれだけもなにも、始めの頃から横暴だと思ってた――なんて言えるわけもなく、「なに言ってるんだか」と笑い飛ばす。
 話の流れで良臣が考えている私大を聞けば、やはりあの名門の名前が返ってくる。F学は進学校だから偏差値の高い大学を受ける人はたくさんいる。瑞穂には夢のまた夢で、すごいとは思うものの、最初から行きたいところが決まっている身としてはその度に感心するだけだ。茜は劣等感があるらしいけど、瑞穂はとにかく本命に合格することだけに必死でそんなことに構っていられない。
「昨日の模試、どうだったかなあ……」
 夏休み空けてから毎週のようにあった模試も今週の日曜にあるもので最後。いつにもまして判定が気になってしまう。
「自己採点は結構良かったじゃないか。数学も八割とれてたし」
「でもB判定出るどうかわからないじゃない」
「点数は取れるようになってるし、本番合格可能ラインに入ればいいんだよ」
「だって」
「余分なことに頭使ってんじゃねーよ。時間の無駄だ。もっと有意義なことを考えろ」
 良臣らしい言いぐさだ。でも不思議と嫌な感じはしない。不安が軽くなるのを感じながら瑞穂は首を傾げた。
「有意義なことって?」
「知るか。自分で考えろ」
「うーん、明日の晩ご飯とか?」
「それは重要事項だな」
 冗談だったのに、割と真剣な顔で振り返った良臣がこれまたらしくて思わず笑いがこみあげる。
 頭はいいくせして食事のことになるとこんなに単純なんだから。
 でも、そんな良臣だからあーだこーだ言いながらもここまでやってこれた。もし自分が料理ができなかったらどうなっていただろう?考えようとしたけれど、想像できない。
 過去のことに対しての「もし」なんて意味がないかもしれない。考えても、結局通り過ぎたことは変わらない。だから、三月に今を振り返って「もし……」なんて考えない為にもひたすら突っ走るしかない。こうと決めたら一直線。体育会系脳万歳だ。最後まで乗り切るには今のままの自分でいい。そういう瑞穂を良臣が支えてくれているから。



 家に帰った二人を出迎えた志帆は良臣から私立併願の話を聞いて、ほんの少し目を大きくした。本当に話をすると思っていなかった瑞穂の目は丸くなっていた。
「今の力なら結構いい線いくと思います。滑り止めは他に決めてあるようだし、どうでしょう」
「滑り止めよりランクが上だけど。まあ、どこか受かってくれれば私は安心できるんだけど」
「おばさん、瑞穂の本命はあくまでA大ですよ」
「そうね」
 志帆は習慣になっている美容ドリンクの蓋をいつもよりゆっくり空けた。
「私達は瑞穂が好きなようにすればいいと思ってるの。下の子がいるわけじゃないし、やりたいように、瑞穂が満足する道を選ぶのなら口出しする気もないわ」
 そうだ。誠吾や志帆はいつもそう言ってくれる。先のことを考えたら経済学部とか国際関係学部とか法学部の方がいいのかもしれない。でも両親はA大文学部を受けたいと聞いても「目標が決まってよかったな」と受け入れてくれた。
「瑞穂が選んだとこならどこでもいいわ。どうしても勧めたいなら、瑞穂を口説くことね」
 手助けしないわよ、と志帆はドリンクを飲み干すと風呂に入ってしまった。後に残された瑞穂と良臣の間にはしばらく沈黙が流れていたが、やがて良臣が溜息をついた。
「すげーな、おばさん。うちの親ならああ言わない」
「ん?」
「国立はT大で当然と思ってるし、私立は『勝手にしろ』だぞ」
「狩屋、T大嫌なの?」
「いや、俺も当然だと思ってるけど。親の思い通りになってるのはちょっと癪だな。でも今は仕方ない」
「将来が楽しみだね」
 どんなふうになってるんだか。
 一体何年先のことかもわからないけど。狩屋がいつまでも気に入らないことを我慢しているタイプじゃないと思うから、いつか自分の力で状況を変えていくだろう。
「で、頑張って私を説得してみる?」
 志帆のように「口説く」なんて言葉はとても使えなかった。良臣は珍しく腕を組んで考え出した。無言のまま時間が過ぎ、やがて腕を解く。
「お前が決めろよ。ただ、俺はやっぱり一つチャレンジしてみていいと思う」
 志帆に負ける形で良臣は押すのをやめたようだ。しかし自分の考えはきっちり伝えたかったらしい。それは瑞穂にとっても好ましい状況だ。だから考えておくことだけ伝えて、その話はそれっきりになった。
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