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 十一月に入り、朝夕の気温はほんの少し下がった。瑞穂は数日前から薄手のカーディガンをブレザーの下に着ている。
 今日も学校帰りにいつもの四人でファーストフードに寄ってあれこれ話をしている内に、ガラス越しに目に入った紅葉にふと見とれてしまった。
「紅葉、最近増えたね」
 呟くと、盛り上がっていた茜と宏樹がおしゃべりをやめる。光二も一緒になって四人で窓の外を見れば、茜が溜息を漏らした。
「綺麗だよね。あたしは銀杏の方が好きだけど、赤いのもいいよね」
「黄色い方がいいってのが茜らしいな」
「脳天気なだけじゃないか?」
 せっかくいい感じに茜の発言を光二が拾ったのに宏樹が余分なことを言ったせいで、茜が細い眉をつり上げる。
「うっさいなー。彼女バカの宏樹には言われたくないですー」
「お前だって彼氏のことばっか考えてるくせに。この彼氏バカ」
「なによー!」
「なんだよ!」
「あのさ、人がせっかく秋を満喫してるのに台無しにしないで欲しいな」
 呆れながらも控えめに瑞穂が言うと、二人はふんっと違う方向にそっぽを向いた。
 別に仲が悪いわけじゃない。でも、こういう小さな言い合いはしょっちゅうだ。それが楽しい時もある。今日は楽しくはないけれど迷惑というほどでもない。ただ気になることはある。
 茜の携帯から現在オリコンチャート一位の曲が流れ出す。
「ちょっとごめん」
 茜は携帯だけを持って店の外に出た。表情から、なんとなく長くなりそうだなと思う。
「彼氏かな」
「多分」
 光二の疑問に、非常に簡潔に想像で答えると、宏樹も頷いた。
「最近、うまくいってないかもしれない」
「茜が?」
「中西、お前、俺と彼女の間にそう簡単にヒビが入るとでも?」
「別にそうは思ってないよ」
 でも宏樹が言うのは違和感がある。
 光二が考えているのはその辺だろう。
「まあ、今、基本的にイライラしてるしね。その影響があちこちに出てるのは想像つくけど」
 瑞穂の言葉に男二人が頷く。
「一番結果出てないの、相当気にしてるよな」
「焦りが悪い方に出てるのに気づいてないみたいだし」
「気持ちはわかるけど心配だよね。私みたいに倒れたら元も子もないって」
 茜はF学院を経営している法人の同系列の大学を志望している。夏頃には模試でもA判定だったのが、最近B判定に落ちてきた。それが茜の焦燥感に拍車をかけ、無理な猛勉強に走らせている。無理に無理を重ねているから効率が悪い。だからなかなか結果には繋がらない。良臣がいなかったら瑞穂もなっていた姿だったと思うと他人事ではいられない。注意もするけど、なかなか茜は受け入れてくれない。
「あの頑固さをほぐせるのは彼氏だけだと思うけど、どうかな」
 光二の考えは的を射ていると思う。
 多分、今だって茜をリラックスさせる声を掛けている。電話をしている茜はとても楽しそうだ。
「ま、俺達は俺達なりに気をつけようぜ」
「そうだね」
 茜が少しでも気晴らしできるように。



 夜の勉強が一段落してキッチンで作業をしていると、良臣が帰ってきた。
「ただいま。何作ってんだ?」
 玄関から直行して期待の眼差しを向けられたものだから小さく吹き出してしまう。確かにいい匂いが広がってきたところだし、気に掛けるのも予想していたけど。
「クッキー。明日、学校に持ってこうと思って。うちの分もあるから、安心してよ」
「お。やった。しかしなんでいきなり?お前あんまそういうのしないよな」
 ソファに荷物を置いて食卓についた良臣に待つように言って、瑞穂は一足早い鍋物を温め直す。
「茜がね、ちょっと根を詰め過ぎちゃって。いろいろ心配だから」
「ああ、そういうこと。お前も迷惑かけたもんな。受けた恩は返すのが筋だよな」
「それもあるけど」
 瑞穂がさらりと流したのが良臣には意外だったらしい。毒気の全くない表情を視界に収めながら特製鍋を出す。そうしてしまえば簡単なもので、良臣の意識はすぐにそっちにいってしまう。
「鍋か。夜ちょっと冷えてきたもんな。そろそろ食べたかったんだ」
「作るのもそんな手間かからなくていいんだよね。今日は市販のつゆにちょっと手加えてみたんだけど」
 既製品はあまり好きではない良臣だ。良くない反応も念頭に置いて尋ねると、二、三口具を口に放り込んでつゆをすすった良臣は「ああ」と納得したような声を出した。
「これくらいなら全然いける。お前アレンジもうまいな」
「どういたしまして」
 鍋の時はどうやら多少楽ができそうだ。忙しい時にはどんどん利用しよう。
 頭のメモに書き加えていると、レンジが一仕事終えたことをメロディーで報せる。
「いいにおいだな」
 クッキーの香ばしい匂いが書斎にまで広がっていたのか、父の誠吾が顔を出す。ただいまと挨拶する良臣に誠吾はにこやかにお帰りと返して、自分の席に座る。それなら、と瑞穂はお茶を誠吾に出して自分も良臣の隣に座った。平日の夜、三人が食卓を囲むのはとても珍しい。
「冷めたらあげる用と家用に分けるから。つまみ食いしないでね」
「それなら明日のおやつに持ってくとするか。小腹を満たすのに良さそうだ」
「そんなにたくさんあるかな。きっと小腹に入れるくらいだよ」
 カメラマンの誠吾は、今、某出版社で企画されている本の仕事の最中だという。詳しい内容は家族にもまだ教えてくれない。唯一のヒントが観光ということで、とにかくあちこち足を運んでいることはわかる。泊まりがけで出ることもまた増えてきている。
「実は明後日から二泊三日でちょっと撮ってくることになってるんだ」
「金曜から?じゃあ週末いっぱいいないんですね」
「お父さんばてないでよ。栄養ドリンクとか持ってく?」
「いざとなったら向こうで買うよ。最初から頼みにしたくないな。まだまだ若くいたいもんだ」
「向こうってどこ?」
「それは言えないな。母さんにしか」
「はいはい。そーですか」
 このラブラブ夫婦め。もう勝手にしてればいいよ。
 誠吾の仕事への興味が一気に消えてしまう。心配していたけど、志帆が知ってるなら自分が気にしなくたっていいと思い始める。
「土産は食べ物がいいな」
 鍋を食べ終えた良臣がすかさずねだる。
 食べ物以外の土産を欲しがる良臣なんて想像がつかない。しかし、あまりにらしくて瑞穂は笑いを堪えきれなくなる。
「なに笑ってんだよ」
「別にー」
「別にじゃない。お前、数学地獄に落とすぞ」
「だったら狩屋の分のクッキー無しね」
 やれるものならやってみなよ。
 強気で見つめると、良臣はチッと舌打ちした。クッキーを犠牲にはできないらしい。ここで瑞穂がつけあがると後が大変になりそうな気がする。これ以上は何も言わない方がいいと判断して、茶をすすっている誠吾に再び話しかける。
「あのね、そろそろ私立のこと決めなきゃいけないと思うんだけど、いくつまでならいい?」
 本命はA大だから、私大をたくさん受けるつもりはない。でも受験料を払ってくれるのは両親だから、数合わせはしっかりしておかないといけないだろう。
「瑞穂が好きなだけ、って言えればいいけどなー。俺もすごく余裕があるわけじゃないし、5校くらいにしてくれると助かる。どうしてもって時は話し合おうか」
「んー、それは大丈夫だと思う。私も多くてそれくらいだと思ってるから」
「良臣君はもう決めたかい?」
「取り敢えずは。どっちかって言うと私大受けるだけ金が勿体ないと思うんだけど、母さんは受けとけって言ってくるので」
 憎らしいくらいに本命合格の自信にあふれている。歯ぎしりしたくなる瑞穂をよそに、誠吾が愉快そうに笑った。
「言ってくれるね。まあ、俺も私大は受けなかったくちだけどさ」
「え?そうなの?」
 初耳だ。
「本気で金が無くてさ。前期だめなら後期は99%入れるところにするつもりで願書出したね。別に俺、T大にこだわってなかったし」
「なにそれ。じゃあなんで受けたの?」
「周りが行けってうるさかったんだ。俺自身特にやりたいことなかったし、それなら大学に行くだけ行ってそこで何か探してみようかなと」
「そこで写真に巡りあったと」
「そうそう。察しがいいね。良臣君」
 行き当たりばったりじゃない、とは流石に言いにくかった。
 瑞穂は一応やりたいことがあってA大に行きたい。
 茜も、宏樹も、光二も。
 狩屋だって――と隣を窺いながら、良臣がどうしてT大を目指しているのか聞いたことがないことに気づいた。
 狩屋にもやりたいことがあるのかな。
 聞いてみたい。
 でも、それは二人きりの時にしようと思った。
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