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  62  

「ねえねえ、今日さ、時間ある?」
 昼休み、四人で顔を会わせていると茜が思いついたように問いを投げかけた。
「塾に行くまでだったら大丈夫だけど」
 最初に答えたのは光二。続いて宏樹が「俺も」と同意し、瑞穂は夕飯の準備を気にしながらも「少しなら」と返事をした。すると茜はパッと顔を明るくする。
「じゃあさ、ちょっとお茶してこうよ。塾の前のご飯だと思ってさ。明日土曜なのにまた模試でしょ?なんか肩凝っちゃって。息抜きしたいなーって」
 肩をぐるぐると回しながら笑う茜は息抜きと言うよりは準備体操をしているようだ。彼氏と行かなくていいのかと光二が尋ねたが、明日約束があるからいいのだと茜がウインクを返す。
「じゃあ決まりね。どこにしよっかなー、楽しみだなー」
 小躍りしそうな勢いではしゃぐ茜を見て瑞穂の口元が自然と緩くなった。



 帰りは四人揃ってファーストフード店に行く予定だったが、瑞穂と茜のクラスはホームルームで急遽決めることが出来て時間がかかってしまった。途中で茜が打ったメールにより、光二と宏樹には先に行って待っていてもらっている。かと言って瑞穂と茜は急ぐことなくいつもの調子で駅前のファーストフード店を目指していた。
「ねえ、茜、こんなにゆっくり歩いてていいの?」
「いいでしょ。別に一人で待たせてるわけでもないし。男同士積もる話でもしてればいいって」
「積もる話ね……」
 光二と宏樹で積もる話というのも想像がつかない。けれども、もし話題がなくても宏樹の方が彼女とののろけ話を披露しているはずだ。きっと。
「もし今、宏樹にうだうだ言ってたらそっちから情報入るだろうし。でも取り敢えず瑞穂は普通に話してあげなよ。二人きりじゃなかったら問題ないでしょ?光二もあまり瑞穂と離れすぎるとよくない感じだもんね」
 その内容に瑞穂はぴんとくる。
「茜、もしかして私の為?」
「それもあるけどー。言ったじゃん。息抜きしたいって」
 そんなことはないと瑞穂は思う。全くの嘘というわけではないけれど、主な理由は瑞穂の為だ。茜の気遣いを感じて申し訳なくなる。でも、ここで謝るのは茜に失礼だ。だから感謝を口にする。
「ありがとう、茜」
「いーえ。瑞穂のお陰であたしまで狩屋とお知り合いになれちゃったしね。大体、瑞穂が困ってるのを見過ごせるわけないでしょ」
 やだなーと笑う茜は全く気兼ねした様子がない。だから瑞穂も参ったなと笑うことしかできない。
 茜に事情を話したのはほんの二日前だ。茜を家に連れて行き、良臣に会わせた。宏樹の時とは違って、基本的に瑞穂がほとんど説明した。良臣の事情は本人が必要最小限に留めながら話すという形で。茜は宏樹の比にならないくらい驚いていたけれど、瑞穂が光二のことで困っているという下りになると普段の自分を取り戻していた。瑞穂と良臣の話に何度も頷き、一通りの説明が済んだところで強気な笑みを浮かべた。
『そういうことならどーんと協力させてもらうよ。秘密のことは彼氏にも内緒にするから。安心して。女同士の本物の友情は秘密を共有して価値が上がるんだから』
 あっさりと快諾した茜は事務連絡に必要かもしれないからと言って良臣と携帯電話の番号とアドレスを交換しつつ、一つ提案をした。
『光二ってば、最近瑞穂とあまり一緒にいられないからピリピリしてると思うんだよね。他の男の影に目ざといのはいつものことだけど、ピリピリしてるから過剰になっちゃう。ちょっとそれを和らげてあげた方がいいと思うよ。二人だと心配だろうから、学校にいる間はもっと四人で一緒にいた方がいいかもね。なんだったら、土日とかも一回くらい四人で遊びに行くのもありだと思うな』
 やってみればいい、と言ったのは良臣だった。
『逃げるから追いたくなる。案外、そんなもんかもしれない』
 でも、困ったら連絡しろ。
 楽観的な口調の後に付け足された一言が瑞穂を随分楽にした。良臣がそう言うなら。
 これから四人でお茶をすることについては既に良臣にメールで報告済みだ。「塾に遅れるなよ」という素っ気ない一言にほんの少し物足りなさも感じるけれど、瑞穂を煽るような言葉が無いのは純粋に安心できる。それに、茜と宏樹もついている。
 味方を得ることが、こんなにも心強いことだなんて。まだ何も変わっていないけれど、何となく大丈夫だと思える。それだけで瑞穂の心が軽くなる。
 きっと、今日も大丈夫だ。
 瑞穂と茜が店に着くと、光二と宏樹は既にハンバーガーを食べているところだった。CMで大々的に宣伝されているそれを見て、女二人も同じものを注文する。四人席が隙間無く埋まったところで、茜の愚痴が始まった。
 水泳部の顧問が勉強の心配をしてくること。なかなか判定の上がらない模試の結果を見て家族がうるさく口出しするようになったこと。些細なきっかけで彼氏と喧嘩したこと。
「なんかさー、そんなこんなで明日は模試でしょ。やってられないよねー」
 ストローをいじりながら不満をぶつける茜に皆苦笑するしかない。
「でもさ、模試は元々決まってたわけだし。どっちかって言うと最初の方で喋ってたのの方が後からついてきたって感じかな」
 携帯をいじりながら言う宏樹は正直なところ茜のことはどうでも良さそうだ。その様子に茜のアンテナが反応する。
「ちょっと、もしかして彼女とメールしてるんじゃないでしょうね」
 眉間に皺を寄せる茜に宏樹はそうだと全く悪びれず肯定した。
「自分ばっかり何よー!ちょっとさあ、あたしのストレス溜まるようなことしないでくれるっ?」
「まあまあ、茜。光二がついてけなくなってるからさ」
 食ってかかりそうな茜の肩を叩きながら外野を決め込んでいる光二の方を向かせる。瑞穂と茜を待っている間宏樹の惚気話を聞かされた光二はこれ以上その手の話は聞きたくないとばかりに黙々と食を進めていたのだがそれに気づかれたことにばつが悪そうな顔をした。
「……いや、俺、今日なんか疲れたからさ」
「かわいそうに。宏樹のせいだよね。うん、わかるよ」
 過剰なまでの表情を作った茜がうんうんと頷いた。宏樹は一瞬険のある目をしたがすぐにそれを消した。
「平島。妄想もほどほどにな。俺と彼女がうまくいってるからって羨ましがらないように」
「べっつにー。時々ケンカするくらいが丁度いいんだって。あまり何もないとそれはそれで問題でしょ」
「俺も全く何もないわけじゃないって。……ってことで、そろそろこの話終わりにしないか?中西の目が死にそう」
「いや、流石にそこまでは」
 否定する光二を見た茜は「そうだね。この辺でやめよっか」と宏樹に同意した。瑞穂はクスクスと笑って「人目もあるしね」とつけ加える。それに苦い顔をしたのは光二だけで、何人かの注目を集めていた茜と宏樹は特に気にした様子もない。ただ、もう同じ話は蒸し返さないと決めた茜が話題を変える。
「瑞穂は、明日の模試どう?準備はばっちり?」
「ん?んー、とてもばっちりとか言えないよ。でもやるしかないしね」
「それでいいんだよ。本番はまだ先なんだし。今は模試で弱点を見つけて集中的に克服していく時期なんだから」
 弱気な瑞穂をフォローするのはいつものように光二だ。時に根拠のない励ましもあるが、今回の内容には瑞穂も心から同意できる。良臣も同じことを言っていたからだろうか。
「瑞穂すごいよね。こんなに数学と長続きするなんて思わなかったもん。今頃『やっぱり私には古典しかないのよ!』ってがむしゃらに古典だけ勉強してるんじゃないかって一時は思ってたんだけど」
「俺も平島と似たようなこと思ってたなあ」
 茜の言葉に宏樹が笑って手を挙げた。「二人とも」と咎めるように光二が眉を顰めるが宏樹は全く気にしない。
「じゃあなに?中西は倉橋がこんなに健闘してるのも想定内ってわけ?」
 意見を求められると光二は少し困ったように瑞穂を窺った。
「いや、それを言われると……。こんなに頑張るとは確かに思わなかったけどさ」
 申し訳ないという思いがありありと伝わってきて瑞穂は苦笑する。
「いいよ。私も自分でびっくりしてるとこあるし。ちょっと結果が出たから欲を出したのもあるし。もう必死だよ」
「もー、瑞穂えらい!!あたし、瑞穂尊敬してるし応援してるからね!!頑張るんだよ!!」
 茜が堪えきれないとばかりにガタッと立ち上がって瑞穂の手を取った。ずいっと顔を寄せられて瑞穂は思わず後ろにのけぞる。けれども熱の入った眼差しをこれでもかというくらいぶつけられれば勢いに押されつつも「……う、うん、ありがと」とお礼を言うしかなかった。
「平島。人のことばかり言っててもだめだぞー」
 光二がドリンクが空になったのを確かめながら茶々を入れる。
「うるさいなー。勿論あたしも頑張るけどさー。瑞穂がこんなに頑張ってるんだもん。もうさ、思いっきり集中させてあげたくて。もうさ、とことん数学と仲良くしちゃって!目指せゴールイン!いつか3ケタの答案用紙をあたしにも見せてね」
「……それは流石に無理かなー。あははは……」
 3桁というのはつまり百点満点ということじゃないか。いくらなんでもそれはない。良臣じゃないんだから。
 茜は瑞穂の手をぶんぶんと振った後、にこりと男二人の方を向いた。
「みんなで瑞穂を応援しようね。あたし達にできることは瑞穂が集中できるようにしてあげること。邪魔なんてしたら絶対に許さないから」
 最後はどことなく物騒な発言だったが、宏樹は躊躇わず「了解」と親指を立てた。光二はもやもやした表情を浮かべながらも「そうだな」と応えた。
 ある意味遠回しである意味ストレートな茜の牽制は少なからず光二に届いたようだ。瑞穂のことを応援するのならば、不必要な波風を立ててはいけない。できるだけ受験に集中する環境を整えてあげたいと思うのならば。
 それでも、目の前で起こったことだけはと瑞穂と良臣の関係を勘繰るのは続けるだろうか。
 数ヶ月前まではわかった光二の胸の内がすっかりわからない。再び現れた溝は自然にできたものか、瑞穂が深くしてしまったものか。見つからない答えに瑞穂の胸にまた一つ痛みが広がった。
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