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  61  

 良臣が瑞穂と同居するに至った経緯を話し終えると、宏樹は眉間に皺を寄せた。
「……そりゃ、話せないわけだ」
「だろ?学校の奴らにでも知られてみろ。変に騒がれるのは迷惑だ。妙な噂を立てられるのも。余計な注目もいらない」
「いや、お前よりも倉橋の方が大変だろ。女なんだから」
「それもそうだな」
 最初はそこまで考えていなかったが、今では流石にそのこともわかっている。こういう場合、きついのは男よりも女の方だ。どうでもいい奴なら良臣は気にしないが、瑞穂に関してはそうはいかない。取っかかりは食事だったが、今はそれ以外の瑞穂の良さも知っている。こうと決めたら一直線に走り出す瑞穂の思いきりの良さも気に入っている。その瑞穂を傷つけることはどうしても避けたい。
 だからこそ、自分の為じゃなく瑞穂の為にも今こうして動いている。
「半年一緒に住んでればお前の言う通りただ普通に話す程度の仲じゃない。でも、何て言えばいいのか……そうだな、家族のような感じなんだろうな。瑞穂の為にもはっきり言っておくけど、お前が邪推したような関係じゃない」
「……気を悪くしたら悪いけど、お前の言う家族ってあまりいいイメージがないんだけどな」
 宏樹に固い表情で指摘され、良臣は苦笑する。確かに、良臣自身、自分の家族にはいい感情を抱いていない。それを少しずつ小出しにしてきた宏樹がそう考えるのも無理はない。
「一般的な家族ってことだよ。ここに来て、おじさんとおばさんとあいつを見て。その中に入ったらいろいろわかってきた」
「ふーん」
「取り敢えず、そういうわけだからこっちとしてはいろいろ隠しておきたいわけだ。だから俺も瑞穂も誰にも喋ってない。話したのは、坂本、お前が初めてだ」
 だから、と良臣は身を乗り出す。
「知ったからにはお前もこっち側の人間だ。当然口外禁止。更にばれそうになった時には率先して協力する義務がある」
 ぶっ、と宏樹がコーヒーを吹き出した。良臣は汚い奴だと思いながら近くにあったティッシュを渡してやる。宏樹はそれを受け取り、辺りを拭いてから顔を上げた。
「おい、なんだよそれ。言われるまでもなく他の奴に言ったりしないって。絶対にいいことないもんな。でも、協力するって何だよ。黙ってりゃいいだろ?」
「基本はな。でも、今、瑞穂が厄介なことになりそうだ。お前もわかってるだろ?」
「お前も……って、狩屋、倉橋と光二のこと……?」
 知っているのかと疑うような目を向けられる。
 自分が瑞穂の過去のことを知っているのがそんなに意外なのか。それとも瑞穂が話したことが意外なのか。どちらにせよ信用がないのかと肩を竦めたくなる。
「詳しい話は昨日聞いた。つきあってたことは一応前から知ってたけど。でもそれ以上に、夏休みに瑞穂があいつからのメールに困ってたことはよく知ってる。今も瑞穂はあいつのことで困ってる」
「狩屋」
「昨日瑞穂と話をして、これ以上お前に隠すのは良くないと思った。だからお前ともう一人、瑞穂の友達の茶髪パーマには本当のことを話すことにした」
「平島か」
 そう言えばそんな名前だった。良臣は興味のないものは覚えないタイプだが、この名前は覚えておく必要がある。茶髪パーマの瑞穂の友達イコール平島と頭の中にインプットする。
「そうだ。そっちは今度話す。……で、中西には話さない方がいいと判断した。これは俺も瑞穂も同一見解だ。事態をややこしくしかねない。だからお前に協力して欲しい」
「それはつまり、光二にはばれないようにしろってことか?」
「ああ。そして暴走しそうになったら止めて欲しい。一昨日、瑞穂が倒れた日、あいつここまで来たんだ。当然出なかったけど、学校で住所を聞いて来たんだろう。瑞穂は全く教えてないのにな」
「うわ……」
 流石にそれは行き過ぎた行動だと思ったのだろう。宏樹が額を抑えた。そもそも、ここまでの話が宏樹の想像を大きく超える内容だっただけに、更なる負荷をかけられて頭の中はごちゃごちゃになっているに違いない。だが宏樹なら一日あれば整理できると良臣は買っている。
「……確かに、俺も狩屋達に同感。光二はちょっとまずい。倉橋に未練たらたらだからな。光二なりに頑張って抑えてきた均衡が崩れてきてるのは確かだと思う。できるだけ気をつけてみる」
「ごめんね、宏樹」
 瑞穂の声が割って入る。
 どうやら夕飯の準備が終わったらしい。エプロンを外しながらリビングにやってきた。心底申し訳なさそうな顔で良臣側のソファに座る。
「でも、最近の光二に困ってる。本当は私がしっかりやらないといけないことだけど、全然できる気がしない」
 それは違う。良臣は思った。
 今、瑞穂が困っている背景には良臣の存在もきっと入っている。良臣が倉橋家に来なかったらこうもややこしくなることはなかった。それを全部瑞穂のせいだと言わせはしない。
「俺と瑞穂のことを疑ってるんだったら、本当は俺も入るべきなんだと思う。でもそんなことしたら逆効果になるんじゃないか?だから、俺は今の状態だと入れない。あいつに示す立場が瑞穂の友達なら、その度を超えた行動をいきなり取るのは難しい」
 全て宏樹や茜に投げっぱなしで眺めているつもりはない。良臣も「友達」なりにすることを見つけていけば、自然と瑞穂と光二の間に入る余地が生まれてくるはずだ。けれども下手なことはできない。そこが非常にもどかしい。
「わかるよ。あいつ、瑞穂の男関係には過剰反応するもんな」
 宏樹ももう隠すつもりはないのか、瑞穂を前に光二の一面を良臣にさらけ出す。瑞穂の疲れたような笑みを見ると、身に覚えがあるようだ。狭量な男は嫌われるぞ、と胸中で毒づく。
「あまり気にするなよ、倉橋。俺は間違いなく友達だからさ。倉橋とも狩屋とも。協力するよ。トップシークレットも教えてもらったわけだし」
 望んでいた言葉に良臣はホッとして口元を緩める。
 絶対に上手く行くと思っていた。けれども、事が事だけに緊張していたようだ。隣を見れば瑞穂も顔をほころばせている。
「ありがとう、宏樹」
 瑞穂は良臣とは違って不安だったのだろう。固さが綺麗に消え去り、すっかり自然体になっている。その姿を見て良臣は思う。やっぱり、宏樹に真実を話したのは正解だった。
 胸の中に広がる安心感。けれどもそれに混じった一抹の寂しさに一瞬呼吸を忘れる。けれども気づかなかった振りをしてソファから立ち上がった。
「夕飯にしよう。できてるんだろ?」
「うん。宏樹も食べてって。あまりいいものじゃないけど、食べられる味だと思うから」
「やった!ラッキー!彼女との約束をキャンセルしただけはあったな!」
「おい、なんだよその喜び方。彼女が怒るぞ」
 両手を挙げて喜ぶ宏樹を小突いて良臣はキッチンに向かう。瑞穂が宏樹を誘い、三人で食卓についた。それから数分後に宏樹のリアクションショーが始まるとはこの時の良臣も瑞穂も予想はしていなかった。



 塾に向かう駅のホーム。良臣の隣にはすっかり満腹になった宏樹がいる。
 瑞穂の前では持ち前の明るさでおどけてすらみせた宏樹だったが、今は真顔で良臣に視線を送ってくる。最初の内は無視していたが段々鬱陶しくなってきた。
「なんだよ」
「別に」
「別にって言うならいちいち見るな。気になるだろ」
 そもそも、視線が既に「別に」の域を超えている。言いたいことがあるなら言え。そう思うがそれを言ったら後悔しそうなので良臣は結局口をつぐむ。そして再び無言の視線を浴びる羽目になる。2、3分した頃、やっと宏樹が喋った。
「よかったな。食べる物に不自由しなくて」
「は?」
 どういうことだと振り返るが丁度電車が入ってきた。仕方なく電車に乗り込んだが宏樹の意図が解せない。
「手作りであのレベルってどう考えても恵まれてるだろ。俺、彼女の作った弁当と倉橋の作った弁当どっちか選べって言われたらかなり迷うわ。実際は彼女を選ばないといけないけど、倉橋の方が美味いよなあ、断然」
 それはなんだ。瑞穂の作る食事を毎日食べていることに対する嫉妬か。しかし宏樹は良臣ほど食い意地が張っていない――自分で認めるのも癪だが。宏樹がネチネチと言い出す意味がわからない。
 宏樹はそんな良臣の心情を見抜いているようで、フッと視線を落とした。
「狩屋、お前あの食事に文句ある?」
「は?」
 何を言ってるんだと良臣は眉を顰める。
「あるわけないだろ」
 最初の頃は意趣返しでわざといきすぎた味付けのものも出されたがそれも久しくない。それなら、良臣が瑞穂の作る食事に対して不満を持つなんて有り得ないことだ。 
 良臣の言葉を聞いた宏樹はにやりと笑う。
「お前って本当に贅沢なやつだよな」
「だからなんだよ」
 益々わけがわからない。けれども、そこで良臣が降りる駅に電車が止まる。仕方なく別れたが、結局宏樹の言葉が気になって授業の最中もぐるぐると考えてしまった。納得する答えは出なかった。 
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