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 球技大会が始まった。
 炎天下の空の下、男子が激しいサッカーを繰り広げるのを茜と一緒に応援しながら、キャーキャーと歓声を上げる。
「福井君、すごい!ハットトリックだよー!!」
「三島もあと1点でハットトリック!これは10−0で勝つね!」
 1年生相手に容赦ない攻撃を繰り広げる男子に興奮している間に、サッカーの初戦は呆気なく終わってしまった。茜の予想通り、ではなかったが、9−0で完全勝利。勢いに乗ったところで、丁度女子バレーの試合時間が近づいてきたので、ぞろぞろと移動を始める。男女バスケは既に1回戦を終えて、午後の2回戦まで時間をもてあましている。男子テニスの立川君は丁度今、試合中だ。瑞穂はくじで2回戦からの出場だから、まだ時間がある。
 今のところ負けなしの5組は気合いの入り方が半端じゃない。総合優勝を目標に掲げ、みんな目の色が変わっている。流石、体育会系だ。
 そんな中、出るだけ出てくれればいいと言われた瑞穂は気楽に構えている。
 テニスの試合をすることにやはりまだ抵抗はある。けれど、球技大会は単なるお祭り。そこまで構えることはない。そう言い聞かせて練習をしてきた。勝ち負けは相手次第。変なプレッシャーもない。この体育大会が終われば、光二の目を気にすることもなくなるだろう。そう思えば大分気も楽になる。
 森本は「いい線いけるよ」と太鼓判を押したものの、瑞穂を無理矢理テニスにしたことに負い目があるのか、周囲に言いふらすようなことはしなかった。「倉橋さん?うーん、よっぽど相手が悪くなければ1回戦は勝てると思うよー。でもほら、1年生とか、ついこの間まで現役だった子が出てくるとねー」そんな感じでこちらに不快感を与えない程度に軽口を叩いている。
「それにしても暑いなあ。うちわが手放せない」
 パタパタと扇ぐと、体育館の入り口でバレーメンバーと準備運動をしている茜がじろりと睨んできた。
「こらー、これから暑くなる人の前で何やってんの。あたしのやる気を削がないでよ」
「ごめーん」
 そう言われてしまったらもううちわを使う気にはなれない。それでもここに置いておくわけにはいかず、手の中の5組応援用うちわを恨めしい目で眺める。
 体育館の中からは活気に満ちた声とホイッスルの音が聞こえてくる。
 そろそろ中に入ってバスケの子達とでも一緒に時間を潰そうか。腰を上げて茜に一言声を掛けようとすると、丁度体育館から出てくる一団の中に宏樹と良臣の姿を見つけた。
 宏樹は瑞穂を見つけるなり、「おー」と手を挙げてやってくる。後ろから良臣もついてきて、こちらとも軽い挨拶を交わした。
「どう?1組は」
「もう全然。残ってるのは男子バレーと女子テニスだけ。女子テニスは去年まで部活やってたからまあ当然なんだけど、男子バレーは当たったのが1年1組でさ。流石にそれは負けられないって躍起になってなんとか勝てたって感じ。次は2年と当たるけど負けるんじゃねえ?」
 両手を広げて外国人ばりに肩を竦めてみせる宏樹に思わず笑ってしまう。
「いいじゃん、全滅じゃないんでしょ?」
「まあな。でもさ、明日は多分暇になるんだぜ。女子テニスがどこまで行くかだよな。空き時間がヒマでヒマで」
「そんなこと言うのお前くらいだぞ。みんな、勉強する時間ができたって喜んでる」
「ええっ」
 良臣のツッコミに後ずさる。
 体育大会の最中、校舎のあちこちで勉強に勤しむ特進クラス。嫌すぎる。お祭りの時くらい、普通に騒げばいいのに。
 つくづくおかしな世界なんだなあと遠い目で宏樹を見れば、引きつった笑顔を向けられる。ここで否定しない辺り、宏樹も文句を言いつつも一緒にテキストを広げるつもりなんだろう。
「でも俺は、お前達みたいに必死に机にかじりついたりしないって。基本的には倉橋達の応援して、空いた時間で夏季講習の宿題やるつもりだし。って、平島は今から?」
「そう。バレーは今から。うちは勝つ気満々だよ。今のところ全部残ってるしね。まあ、1回戦だから当然だけど」
「嫌味反対ー。で、倉橋は?テニスなんだろ?」
「ラケットしょっててバレーだったらおかしいよね。うん、テニスだけどさ、1時間後くらい。バレー終わったらコート行こうと思って」
「あー、それだと男子バレーと被りそうだな。倉橋がテニスやってるの見てみたかったんだけどな」
「ははは、残念でした」
 運が悪かったね、と軽く流す。
 ふと茜達の方を見ると、中に移動を始めている。
 そろそろ行かなくちゃ。
「じゃあ、私、中行くけど」
「俺も行く。狩屋もつきあうか?」
「いや、俺は。まだ解いてない問題があるから」
「まじめだなー。ま、こっちもそんなにかからないだろうから、俺も後から行くよ。後でな」
「おう」
 じゃあな、と言って良臣は校舎の方へ背を向けた。
 あいつって根っからの特進クラスなんだ。
 当然と言えば当然。だって、中学以降、ずっと特進クラスにいたんだから。
「なんか異世界だなー」
 呟くと、宏樹が苦笑した。
「でも、悪くもないぜ」
「そういうもん?」
「そんなもんだよ」
 よし、茜でも応援するか。
 促されて一緒に体育館に入る。
 コートには既に茜達が整列していた。それを見て気持ちは完全に応援モードに切り替わる。
 気迫に溢れたメンバーの声が響く。
「絶対勝つよー!!」
「おー!!」
 その宣言通り、10分後には、見事勝利を収めて喜び合う5組の姿があった。



 昼前になり、やっと試合が回ってきた。
 ネットを挟んで向かい合った対戦相手は2年生。森本の事前情報によると、テニスは体育でしかやったことがないという。彼女のクラスもなかなか選手が決まらなくて、比較的運動神経のいい彼女が頼み込まれて出ることになったらしい。
 境遇は似ている。
 でも、そんな相手なら余計に負けられない。
 5組は予定通り、今のところ負けなし。
 敗者1号になるのは流石に恥ずかしいし、嫌だ。
 ずっと勝てるなんて思っていないけれど、それでも、1回くらいは勝っておかないと気まずい。腐っても元テニス部で、経験者だということはクラスのみんなが知っている。運動神経がいくらよくても、技術や経験を積んだ人にはそうそう勝てるものじゃない。テニスから離れて3年経つ。それでもちっぽけなプライドを守りたいと思う。
 大した相手じゃない。
 普通にやれば勝てる。
 なのに。
 手が微かに震える。
 お祭りの中のお遊びだとわかっていても、試合は試合。最後にやった試合がどうしても甦ってくる。あの時の絶望が今も胸を脅かす。
 こんなことで緊張するなんて。
 自分で自分を笑っても、ちっとも気が楽にならない。
 参ったな。
 敵は今、乱打をしている2年生じゃない。
 自分自身だ。過去の自分、いまだに怖がっている自分。それに勝つには、試合に勝つしかない。きっと。
 ウォームアップの時間が終わる。相手がサーブの位置に移動し、瑞穂も構える。
 コートの外から、クラスメートの応援が投げかけられる。それを背に受け、小さな声で自分に言い聞かせる。
「勝つよ」
 スッと目を細める。
 審判がコールをする。
 そして試合が始まった。
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