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  30  

「ゲームカウント6−0倉橋」
「よっしゃあああああっ!!」
 審判のコールをかき消すように、盛り上がりが最高潮に達した3年5組の声がコートを埋め尽くした。
 今日最後の試合、瑞穂の3試合目が勝利に終わり、球技大会1日目は5組負け無しが決定したのだ。
「よくやった、倉橋!」
「瑞穂、すごかったー!!」
 コートから出るなり、クラスメートに囲まれる。
 みんなテンションが上がっていて中にはすごい誉め言葉もあったけれど、お祭りだし、と気にせずお礼を言った。
 1試合目こそ緊張したものの、勝ってしまえば後はどうということはなかった。
 2試合目、3試合目とも元テニス部と当たったけれど、6−3、6−0で勝った。変な緊張感もなく、試合を楽しめる自分がいたことが素直に嬉しかった。足はやっぱり昔のように動かないし、反応もいまいち遅く感じるし、コースもまだまだ甘いけれど。
「優勝いけんじゃねえ?」
「そこまではちょっときついかなー」
 それはいくらなんでも、と苦笑いすると、森本が「そう言えば」と輪の中に入ってきた。
「1年生でね、すっごい上手い子がいるんだよ。部活に入れたくて頑張って勧誘したんだけど、『テニスは中学で終わりにしたんです』って頑なに断られちゃって。球技大会の方は流石に出てるんだけどさ。去年は全国まで行ってるし、うちらでもちょっと無理かも」
 ふーん、と相づちを打ちながら彼女の話を聞く。そんなに強い子がいるのか。
 トーナメント表を出して「どの子?」と聞くと、「ああ、この子」と瑞穂の名前から少し離れたところにある名前を教えられた。
 このまま勝ち続けたら、準決勝で当たるじゃない。
 チッと舌打ちした自分に気づいて、やれやれと思う。
 そんなに熱くなることないのに。でも、やっぱり負けるのは悔しい。やるなら勝ちたい。そんな負けず嫌いの性格は、なかなか変わらない。
「まあ、いっか。明日のことだし」
 自分に言い聞かせて、茜と並んで歩き始める。今日はこの後、帰りのホームルームをやって帰るだけだ。それでもちょっと疲れたから夕飯は簡単なもので済ませたい。
「チャーハンとスープにしようかなあ」
「ちょっと瑞穂、なんだかそれ主婦みたい」
「しょうがないって。当番なんだし」
「まあね。でもあたしもちょっとは料理しないとまずいかな。来年の今頃は一人暮らしの予定だし」
 そういう茜は、お菓子は作るものの、ご飯はほとんど作ったことがないらしい。私から見れば、お菓子が作れる方が女の子らしくていいと思うけれど。
 そんなことを考えていると、「瑞穂!」と声を掛けられた。振り向くと、光二が立っていた。2組はもう終わったらしい。荷物を持っている。
「どうだった?」
「勝ったよ」
「瑞穂、すごくテニス上手いじゃん。びっくりしちゃった。あたし、あまりよくわからないけど、瑞穂、動きがなんだか違うんだもん。もうさ、クラス中で大盛り上がり!」
 興奮する茜の言葉に、光二の目が大きく見開かれる。
 予想外だったってわけだ。
 こっちとしては、いい感じにまともな試合が出来て、波にも乗れて安心しているのに。それを喜ぶよりも先に、そんな顔をするなんて。心配性を通り越して、失礼じゃないか。
「光二?」
 何か言うことはないのかと促すと、ハッとして笑顔を見せる。
「そ、そっか。それなら良かった。中学以来だから、どうなるかと思ってたんだ。茜がそこまで言うなら、俺も見たかったな」
「2組はあといくつ残ってるの?」
「サッカーだけ。でも、明日しょっぱな5組と当たるんだよ」
「あー、残念だったね。悪いけど、そこで終わりだよ。うちが優勝するから」
 自信満々に茜が言い切ると、光二が肩を竦める。
「癪だけど、実際そうなるだろうな。負けた後は、5組の応援でもするよ」
「そうね。そうしなよ。あたしと瑞穂の華麗なアタックに目を奪われるといいわ!あはははははは!」
 腰に手を当てて豪快に笑う茜。
 あまりにあっぱれなその姿に、テニスにアタックはないよ、というツッコミは口の中で消えてしまった。



「へー。んじゃ、結局負け無しか。お前ら本当にお祭り騒ぎが好きだよな」
 塾からの帰り道、駅から家までの道のりを並んで歩きながら、瑞穂と良臣は今日のことを報告し合っていた。呆れたような、それでいて感心したような良臣の言葉に瑞穂は笑うしかない。
「体育会系だからね」
「本当だな。いっそ、5組を体育クラスに変えればいいんじゃねえの?」
「それは困る。私、ついてけないよ」
 いくら体育会系が多いクラスだからって、それがメインになったら流石に厳しい。でもあのノリは好きだから、5組で本当に良かったと思う。明日もどうなるか楽しみでたまらない。
「お前も残ってるんだもんな。伊達にテニスやってたわけじゃないって?」
「うーん、まあ、そうかもね」
 確かに伊達じゃなかった。でも返事には困ってしまう。何と言えばいいのか。今日がどれだけ楽しくても、やっぱり、あの試合を思い出すと自然に心が曇ってしまう。そんな気持ちも、明日またコートに立てば、きっと忘れてボールを追いかけるに違いない。
「まあ、やれるだけやってみるよ。一人、すごく強い1年生がいるらしくて。どうせその子と当たったら負けちゃうんだろうけど」
 ついこの間、全国に出場した選手とまともにやって勝てるわけがない。
「そっか。じゃあ、うちの最後の一人も優勝は無しだな」
「ん?テニス残ってるの?」
「おう。他は全部負けたけどな。去年まで部活やってて、でもなんか受験に集中したいとかで夏の大会が終わった後に辞めたんだと。今回は優勝するって熱入れてたけどな」
 よくやるよな、と狩屋はすっかり他人事だ。特進クラスなんてそんなものだろうか。だとしたらなんだか寂しい。
「1組にもそういう人、いるんだね。ちょっと安心した」
「は?」
 狩屋はバカにしてお祭り騒ぎなんて言ったのかもしれないけど、いいじゃない。お祭りはバカになってやるから楽しいんだ。のれる時にのっておかなかったら、きっと後悔する。
「ちゃんと応援してあげなよ。クラスメートなんだし」
「あー、まあ、いいけど。付き合いだし。それにしても、お前、そういうところ熱いのな」
 今度は呆れたでも馬鹿にするでもなく純粋な感想に、瑞穂は満面の笑みを浮かべる。
「そりゃ、体育会系ですから」
 熱いなんて、最高の褒め言葉じゃないの。
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