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「瑞穂、最近元気ないんだよね」
 昼休みに突然やってきた茜は挨拶を一通り済ませると、突然そう言った。
「瑞穂が?」
 そう言えばここ一週間くらい会ってないな。時々見かけてはいるけど、話した記憶はない。
「そう。ここ三日くらいず〜っと。きっかけは何となくわかってるんだけどさ」
 茜はふうっと溜息をついた。机を挟んで向かい合っている光二は原因がわかっているんだったら茜にも何とかできるんじゃないだろうかと思う。
 今のところ瑞穂のことを一番理解しているのは自分だ。そう自負しているし、茜も宏樹も瑞穂もそう認めている。でも、だからと言って、瑞穂に事ある毎に真っ先に光二が傍に行くというわけでもない。そもそも瑞穂は滅多に周りに心配をかけないし、茜と宏樹が光二に任せるしかないという判断をするようなことは今までに二、三度しかなかった。それもついこの間あったばかりで、いくら受験シーズンだからといっても、夏休み前ではまだそうそう深刻な悩みも出てはこないだろう。
 まあ、茜は光二に頼むと言いにきたのではない。ちょっと聞きたいことがあると言ってきただけだ。瑞穂のことで駆け回るのは面倒だとは思わないが、毎回毎回その役割を自分がやるのは4人の中のバランスにちょっと悪い。誰かに何かあった時は他の皆で助けよう。それが不文律だ。
「きっかけって?」
「多分、球技大会の種目決めの時からなんだよねぇ。次の日から、元気ないし、ちょっとボーっとしてるし、見てて大丈夫じゃなさそうなんだけど」
「球技大会?何かもめた?」
 うちのクラスも男子バスケをどうするかでもめたっけなあ。サッカーに人が集まってしまったから。
 呑気に思い返している光二に茜が告げたのは予想もしないことだった。
「もめたって程じゃないけど、女子のテニスが決まんなくてさ、テニス部の子が瑞穂に中学の時やってたよねって言って、流れで瑞穂がテニスになって。そっから瑞穂、ちょっとおかしいんだけど……光二?」
 茜は大きく瞳を見開いて固まっている光二に軽く目を瞠った。
「……テニスだって?」
 信じられない。
 だって、瑞穂は。
 瑞穂は、立ち直れたんだろうか。
 でなきゃ瑞穂がテニスなんて……でも瑞穂が元気がないと現に茜が言っている。だったら瑞穂はまだテニスとしたいとは思っていない筈だ。
 あの瑞穂のことだ、きっと断れなかったんだろう。
 でも、でも、瑞穂がテニス――?
「やっぱり、何かあるんだ」
 茜ががっくりと肩を落とす。
「あたしさ、中学校で瑞穂と離れちゃったから、その頃のこと何もわかんないし。光二だったら知ってるかもって思ったんだけど……」
「知ってるって言うか……」
 俺もその時その場にいたわけじゃない。
「後から、聞いたって言うのかな。でも、とにかく、ちょっとまずいぞ」
 瑞穂がまだ気持ちの整理をつけられないで球技大会でテニスをやるって言うのなら。
 何とかしないと。
 決まってしまったものは変えられない。
 メンバー表の提出期限は一昨日で、今更どうにもならない。
 だったら、せめて瑞穂の気持ちを軽くしないと。
「まずいって、光二」
 茜が真剣な眼差しを向ける。
 光二は頷いた。
「……後で瑞穂と話してみる。まだどの程度かわからないから……茜は瑞穂に球技大会の話をしないようにしてくれ。杞憂ならそれでいい、でもそうじゃなかったら……」
 それは禁句だ。
 茜は「わかった」と言って教室に戻っていった。
 光二はどうしたもんかと額に手をあて、天井を仰いだ。
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