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 6月も半ば、雨が連日続いては時々晴れるという日々を何回か繰り返した頃。LHRで体育委員が球技大会の種目決めが行われていた。3年生には最後の球技大会、体育会系が多い5組は当然のように「優勝を狙うなら……」という話になってベストなチームを組むべく延々と話し合いが行われている。
 球技大会の種目は、男子サッカー、女子バレー、男女バスケ、男女テニスだった。部活に所属している人は出られないから、中学の時にやっていた人や運動神経のいい人を優先的に配置していって、残った人は余りもの。例年バレーを選んでいた瑞穂だったが、今回はそのバレーが既に補欠まで決定している状況に、困ったな、と頬杖をつく。
 バレーが駄目となると、残りはバスケかテニス。テニスは各クラス男女一人ずつで、女子は今テニスを誰にするかという問題で悩んでいた。男子の方は小・中とスクールに通っていた立川が進んで立候補して早々に解決し、女子を残して解散してしまった。困っているのは女子だけである。テニスの経験者は何人かいたが、皆運動神経がいい為、是非ともバレーやバスケの方にしたい。テニスだと上位は狙える程の腕はないから、というのが彼女達の言い分で。
 立川君、1年の時から賞状貰ってるって言ってたもんなあ。
 確か1年の時は3位、2年の時は2位。勿論、今年狙うのは優勝しか有り得ない。そんな彼と共に5組のテニス代表になるのはかなりのプレッシャー。
「この際女子はテニスで勝たなくてもいいと思うんだよね。全部の種目で制覇しようって言ってるわけじゃないし」
 体育委員が困ったように言うと、そうだよねーと皆が同調する。
 そりゃあそうだ。全種目優勝なんて、いくらなんでも無理。大体強化するのは男子サッカーと女子バレーって話だったのに。
「他に、テニスやったことある人いない?ルールが分かって、ラケットにボールが当たればそれでいいからさ」
 ね?
 皆の顔を見る体育委員に、瑞穂は内心溜息をついた。
 そう言われて「私やるよ〜」なんて手を上げられる人間が、一体どこにいるだろう。茜も隣で疲れたような顔をしている。そう言えば茜、今日はスクールの日だって言ってたなあ。
 茜でなくても、部活がある人は皆「早くしてよ」という顔をしていた。その内の一人、テニス部の森本が「あのさ……」と口を開いた。そして、皆の注目が集まる中、彼女は瑞穂を見て言ったのだ。
「倉橋さんって、中学の頃テニスやってなかった?K中の倉橋って人、強かったの覚えてるんだけど。それって倉橋だよね?あたしよく大会で倉橋さん見かけてたもん」
 テニスやってなかった?
 それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
 緊張して、指先から冷えていく感覚が全身に伝う。
「嘘ぉ!本当?倉橋さん」
 数人に顔を近づけられ、瑞穂は少し下がりながら困ったように答えた。実際に困っていたのだが。
「あ……うん、でも、もう3年もラケット触ってないから……まともにできるとは思えないし……」
 あんまりできないと、クラスの恥になっちゃうし。
 思いつくままに拒否の言葉を並べるが、いいよいいよそんなことー、と周りが騒ぎ出す。
「出てくれるだけでいいの!」
「そうそう、別にテニスは勝ちにいく種目じゃないんだから、男子にだって文句は言わせないし」
 早く帰りたい。この状況を終わらせたい。
 そう思う女子達からあれこれ言われ、とどめに森本がこう言った。
「大丈夫だよ、ちょっと打てば元通りといかなくてもそれなりにまで戻るって。あたし、練習付き合うし」
 悪気のない笑顔で、全くの善意で。
 他の経験者をバレーやバスケに回したいのが現状で、瑞穂がバスケに行っても大した戦力にはならないのは皆わかりきっている。瑞穂はどうもバスケが苦手なのだ。その瑞穂がテニスができると言うのなら、もう決まったようなもので。
 何より、瑞穂はこの状況になったら自分が逃げられないことを知っていた。
 よっぽどの理由がない限り――例えば病気で運動禁止だとか、怪我でドクターストップがかかっているだとか――引き受けるしかないのだと、どんどん冷たくなっていく身体で感じ取っていた。
「本当に……勝てなくても……いいの?」
 尋ねながら、それはもう了解したと言っているようなもの。女子達は一斉に「いいに決まってるじゃん!」「ありがとう、倉橋さん!」と喜びの声を上げた。
「じゃあ倉橋さん、お願いするね。本当にごめん」
 体育委員はそう言うと、「それじゃ……」とテニスのところに瑞穂の名前を書いた。これで残りは全員バスケ。問題が解決したところで女子もやっと解散になった。
 それぞれに人が散っていく中、瑞穂は机に鞄を置いたまま、暫く立ち尽くしていた。
 テニス。
 テニスをやるんだ。
 球技大会とはいえ、またラケットを持って、ボールを打って、コートを走るんだ。
 怖い。
 思い出すのは、3年前の夏。
 あれ程悔しい思いをしたことはなかった、あの出来事。
 ずっと昔に直った筈の足の痛みが、蘇ってくるようで。
「瑞穂、瑞穂!」
 自分を呼ぶ声に、瑞穂はハッとした。目の前には心配そうな顔をした茜がいた。
「茜、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!ボーっとして!大丈夫?瑞穂。テニス、本当は嫌なんじゃない?あたし、言ったげようか?」
 そっか、茜に心配かけちゃったのか。
 瑞穂は首を振って笑った。
「そうじゃないんだ。夕飯、何にしようかなって考えてて。今日はスーパー寄ってかなきゃいけないからさ」
「……ほんとに〜?」
 ブスッとした表情の茜は瑞穂の嘘を見越しているのだろう。けれど、瑞穂がそう言うのならとその話は終わりにした。
「じゃあ駅まで一緒に行こうよ。あたし、今日スクールだし」
「うん」
 瑞穂は頷いて鞄を持った。
 いつもより重い気がするのはやっぱり憂鬱な気分の所為だろう。
 折角今日は晴れてるのに。
 瑞穂は茜にばれないようにそっと溜息をついた。
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