愛ってなぁに?

モクジ
 地図の見方なんてわかんない。
 携帯は電話とメール以外使えない。
 レポートの書き方も知らない。
 お金も自分で下ろしたことなんてない。
 掃除をしようとすると余計に散らかる。
 料理はいつもコンビニかスーパー。
 ゴミの分別?何それ?

 自慢じゃないけど、あたしは何一つまともにできない女。
 頭が悪いだけじゃなくて、普通の生活もまともに送れない。
 女友達には馬鹿にされるし、男達にはどん引きされる始末。
 でもね、世の中にはとんでもない物好きがいるもんなんだ。


 津田サヤカ、20歳、これでも彼氏持ちです。


 100人いたら100人全員に恋愛対象外のハンコを即決で押されてきたあたし。
 恋したいなーなんて思ってきたけど、相手がゼロだったお陰で華の高校時代は結局寂しく過ごしてしまった。
 だってしょうがないじゃん。こっちが好きでも向こうは絶対お断り!なんだもん。
 何もできない女の子が頼ってくると可愛いよなーなんて言ってる人でもあたしくらい何もできないともうアウトらしい。
 最初の頃は積極的に彼氏をゲットしようと思って頑張ってたんだけど、10連敗したあたりで諦めた。あ、10ってのはよく覚えてないから大体の数字なんだけど。
 で、高校生活がそんなだったから、大学に入った時にはあたしなんてもう一生彼氏もできないし結婚できないんだーなんて思ってたわけ。あ、頭悪いのによく大学に行けたって?こんなんじゃ就職もできないし、かと言って相手がいないから花嫁修業しても意味ないし、専門学校も大変でついてけなさそうな感じがしたから、先生に泣きついてどうにかあたしでも入れそうな大学を探してもらったんだ。もちろん偏差値は低いし、倍率は定員切ってるようなところだし、しかも場所が結構な田舎なんだけど。それでも4年間通って卒業すれば大卒になるから全然OK。ただ、問題は高校の卒業ですら危うかったあたしが大学を卒業できるかってことなんだけど。
 そうそう、話がそれました。
 そんなこんなで大学に入ったあたしは、子どもと遊ぶボランティアサークルなんてものに入ることになって。やっぱり大学入ったからにはサークルやってみたいじゃない?でもスポーツってルールわかんないし、どう動いていいのかもわかんない。音楽系サークルは楽譜読めないし、歌も下手だし、お手上げ状態。そこで目をつけたのが今のサークル。子どもと遊ぶくらいならあたしにもできる。子ども好きだし、ボランティアって響きもちょっといい感じだし、そんな感じでほとんど即決だった。
 サークルの方はただ子どもと遊ぶだけじゃなくて色々計画があったり、準備もちゃんとしなくちゃだったり、予想外に大変でほんとびっくりしたんだけど。そこでやっぱりあたしは色々迷惑かけちゃってるわけなんだけど。それは今回は置いておいて。
 1年の夏休みにちょっと大きな子どもイベントに参加した。その時に、他の大学からも色んなサークルが参加していて。イベントの準備でその人達とも関ったりしてたんだけど。そこで知り合った内の一人が野路マキト、あたしの彼氏。
 そのイベントでも案の定失敗ばかりで皆の足を引っ張っていたあたしは、周りの冷たい目にほんとピンチの状態にまで陥ってしまった。同じサークルのメンバーにも見放されてもうどうしていいかわかんないって時に救いの手を差し伸べてくれたのがマキトだった。
 作業がなかなか進まないあたしを手伝ってくれて、わからないところも丁寧に教えてくれて。イベント中は、子どもの相手をしている時以外はずっとマキトが傍にいてくれた。最初はものすごく面倒見のいい人なんだなーって思ってたんだけど、3日もそういう態度取られてたら、やっぱり期待したくなっちゃうよね?あたしも、この人あたしのこと好きなのかなあって思うようになってた。
 そしたら、最終日の打ち上げの時に「これからも会いたい」って言われて。もちろんあたしは「いいよ」って言って。それでつきあうことになったんだ。


 ところで。
 津田サヤカ、彼氏とつきあってもうすぐ1年。現在彼氏とケンカ中です。


 最初はすっごく嬉しくて舞い上がってたんだよね。
 なんたって初カレだし。
 マキトはカッコイイってほどじゃないけど、見た目も悪くないし。いかにも優しそうなタイプであたしも結構好きな感じで。
 つきあってみたら、ホント親切だし、優しいし、あたしが常識を知らなくても呆れずに教えてくれるし、家事なんかもやってくれるし、ご飯は美味しいし。
 友達が「サヤカにあんないい人はもったいない!」って口を揃えるのもムリはないくらいの人だったわけで。
 始めの内はあたしも「へへー、いいでしょー」なんて得意になってた。
 でもね、段々不安になってきちゃったわけよ。
 マキトって10人いたら全員がいい人認定するようなタイプなの。
 そんないい人がなんであたしを彼女にしたんだろう?虚しいけど、あたしだってそれなりに自分のことはわかってるわけよ。どうして男にもてないかちゃーんと自覚してる。
 なのにさ、マキトは他の男がどん引きするとこでも笑って受け入れてくれちゃうの。そんでもって色々教えてくれたり、代わりにやってくれたり。
 考えてもみてよ?彼氏が家に来る度に掃除してくれて、ご飯作ってくれて、家計簿もつけてくれるなんておかしくない?フツーは逆でしょ?いや、逆でも家計簿はないと思うんだけどさ。
 でもマキトは全然不満を言わないのね。逆に、あたしができないことを頑張ってやろうとすると「いいよ、サヤカはテレビでも見てなよ」って感じだし。そこで「マキト最高!」なんて思えるほど単純でもないから。マキトは本当はどう思ってるんだろう?って不安になってきちゃったわけ。
 大体さ、マキトはあたしのどこがいいの?恐くてずーっと聞けなかったんだけど、でもこの間、ついに勇気を出して聞いてみた。


「ねー、マキトー」
「ん?どした?サヤカ」
「ずっと気になってたんだけど、マキトってあたしのどこがいいの?」
「んー、可愛いところ?」
「疑問系?……でもさー、あたしなんにもできないじゃん。嫌にならない?」
「ならないよ。なるはずないじゃん」
「なんで?」
「だって、サヤカって俺の理想だし」
「どの辺が?」
「何もできないところ」
「え?」
「俺、サヤカ以上に何もできない女なんて見たことない。サヤカが一番の理想なんだ」
 そう言ってキラキラスマイルを見せたマキト。いつもだったらくらっときちゃうところなんだけど、この日ばかりは頭に血が上って。
「マキトのバカー!!」
 思いっきり叫んで、目を白黒させるマキトを家から追い出した。
 それが3日前の話。


 大好きな彼氏から「何もできないところが好き」ってのは結構きつかった。
 自分でもわかってるんだよ、なーんにもできないって。それをさ、「サヤカ以上に何もできない女なんて見たことない」なんてさ。そんなところを理想って言われてもさ、全然嬉しくない。逆にショックだった。バカにされるよりも嫌だった。あれ?バカにされてるのかな?されてるのかも。あー、余計に最悪。ショックどころの話じゃないよ。
 彼氏の前ではできるだけカッコ悪いところは見せたくないじゃん。あたしが言うのもなんだけど。
 けどさ、マキトが言ったことってなによ?
 あたしが何もできないってのはある意味言いすぎだけど決して間違ってない。普通の人からしたらほとんど何もできないんだもん。
 で、マキトはそこがいいって言った。何もできないのが理想だって言った。
 それってどういうこと?
 この3日間、ずーっとそればっかり考えてた。
 ない頭を振り絞って、学校に行く以外はひっきー状態になって。
 そんでもって、あたしなりに答えに辿り着いた。
 マキトは優しい。何もできないあたしに呆れないで、文句も全然言わないで、笑って色んなこと手伝ってくれて。何もかも許してくれて、あったかく包んでくれて、お母さんみたいだなって思うこともあった。
 そしたらサークルでのマキトが浮かんできて。
 子どもが好きなマキト。子どものワガママにも嫌な顔一つしないし、子どもが知らないことをバカにしないで優しく相手をしてあげてた。
 似てると思った。
 子どもの相手をしてるマキトと、あたしと一緒にいるマキト。
 マキトが世話好きなのは知ってる。
 でも子どもと同じ扱いをされてるって思ったらショックだった。
 マキトにとってあたしも子どももおんなじレベルなの?
 あたしが子どもみたいに何もできないからつきあおうっていう気になったの?
 あたしじゃなくても良かった?
 一回考え始めたら、ずーっとそういうことばかり頭の中でぐるぐるぐるぐるしちゃって。他のことが手につかなくなって。
 気づいたら部屋はぐっちゃぐちゃ。ゴミ箱の中はコンビニの袋ばかり。洗濯物もちゃんとしまわないからベッドの下は足場がなくなって。
 こういう光景を見るのって、久し振りだ。
 こうなってみるとあたしがどれだけマキトに甘えてたかってことがわかる。
 たった3日マキトがいないだけでこんなんだもん。マキトに子ども扱いされるのもしかたなかった。マキトはそれで楽しかったのかな。あたしが彼女でよかったのかな。大体、マキトにとって彼女って一体何なんだろう?
 つきあって約1年。色んなところに行った。イベントもたくさんやった。時にはケンカもした。それでもあたし達は基本的に仲良しで、いつも楽しくて、あたしはマキトが大好きで。
 それはあたしだけだったのかな?マキトもそう思ってくれてるんだと思ってた。でも勘違いだったのかな。
 ねえマキト。
 マキトは今何を考えてる?あたしに会えなくても平気?今までいろいろしてくれたマキトを一方的に追い出すような女、もう嫌いになっちゃった?
 考えてもわかんない。だってあたしバカだもん。マキトの気持ちなんてわかんないよ。あたしはマキトじゃないもん。いくら考えたって答えなんて出ない。一人でじっとしてても見つからないなら、こうしてたってしょうがない。
 うん、決めた。
 マキトに会いに行こう。
 お財布と携帯を持って玄関に走る。家の鍵も忘れない。
 バカなあたしでも知ってる。マキトの気持ちを知りたかったら、マキトに聞けばいい。すごく簡単だけど、勇気が必要なこと。でもあたしにはそれしか思いつかないから。
 靴を履きながら玄関のドアノブに手を伸ばす。けれど掴もうとした瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「こんな時に誰よ」
 あたしはマキトに会いたいんだってば。もし新聞の勧誘だったら怒るよ?
「はーい」
 イライラしながら玄関を開ける。そしたら、そこにはマキトがいた。
「あれ?マキト?」
 どうしてマキトがここにいるの?なんかすごい息きらしてる。ここまで走ってきたのかな?え?でもなんで?
 マキトは首を傾げるあたしを見て少し怖い顔をした。
「サヤカ」
「はいっ?」
 低い声にびくっとなる。え?なに?なんか怒ってる?
「今の様子だと、誰が来たのか確かめないで出ただろ?ヤバイ奴だったらどうするんだ!危ないじゃないか!なんのために覗き穴がついてると思ってるんだよ」
「え、ご、ごめんなさい」
 反射的にぺこりと頭を下げてしまうあたし。こんなふうにマキトに怒られることは珍しくないけど、久しぶりに会っていきなりこれってどうなの?確かに、誰かわからないのに開けたあたしも悪いのかもしれないけど。
「次からは気をつけて」
「……うん」
 頷くと、マキトはホッとした顔になる。そしてあたしを見た。
「入れて。話がしたい」
「あ、うん。いいよ」
 あたしもマキトに聞きたいことあったし。
 靴を脱いで家の中に戻る。足元に置いてある物を崩さないように避けながらベッドの上に辿り着く。後から入ってきたマキトはぐちゃぐちゃになった部屋の中を見て苦笑した。
「あー、これ片づけないとな。でも後でいいや」
 そう言ってベッドまでやってきたマキトはあたしと向かい合うように座った。
 顔を合わせるのは3日ぶり。でもすごく久しぶりな気がする。
 あーやっぱりマキトがいいなあ。
 みとれてぽーっとしてると、マキトは勢いよく頭を下げた。
「ごめん」
「え?」
「俺、サヤカに酷いこと言ったと思う。サヤカ以上に何もできない女は見たことないって」
 あれ、マキトも酷いって思ったんだ。ちょっとびっくり。
「後から考えて、サヤカが怒るのも無理ないと思った。ごめん。でも俺、悪い意味で言ったつもりはなかったんだ」
「そうなの?」
 それにはもっとびっくり。「何もできない」ってどう考えても褒め言葉じゃないよ?あたしだってそれくらいはわかるのにマキトにわからないはずないと思うんだけどなあ。
 疑う目で見ると、マキトはとっても申し訳なさそうな顔をした。眉毛が八の字になってる。ちょっと可愛いかも、なんて思ったのはヒミツね。
「俺、頼られないと不安になるんだ。俺は必要とされてないんじゃないかって。友達とか、家族とか、大事な人になるほどたくさん頼って欲しいと思う。だからサヤカには誰よりも頼りにされたいし、色々してやりたくて。でもサヤカは俺がそんなこと言わなくてもできないこと全部俺に任せてくれるし、頼りにしてくれるし、それって俺にとってすごく理想で」
 マキトの言うことは全部初めて聞くことだった。あまり一気にたくさんのこと言われると頭がパンクしそうになるけどマキトがあたしのこと嫌いじゃないのはわかった。それでもってマキトにとって「何もできない」ってことはいいことなんだって。
「好きな子が俺のこと必要としてくれるから、俺、嬉しくてさ。本当はそう言いたかったのに、あの時はうまく言えなくてサヤカのこと傷つけた。……ごめんな」
 なんだ、マキト嬉しかったの?あたしにうんざりしてなかったの?
 頭の中がはてなマークでいっぱいになる。あたし多分、マキトが言ったこと全部わかってない。マキトが話してくれたのにわからないままわかったふりすることなんてしちゃいけない。だからあたしは手を挙げる。
「えーと、それって、あたし今のままでいいってこと?」
「今のサヤカが好きなんだよ」
「マキト謝ってくれたけど、あたし本当に何もできないじゃん。マキトそれでいいの?」
「そんなサヤカがいいって言ってる」
「そんなこと言われたらあたしバカだからこのままでいいやーって思っちゃうよ。それじゃマキト困らない?」
「困らない。1から10まで全部俺にやらせて」
「……さすがにそれはムリかも。1から9くらいまでで」
「うん、それでいいから」
 マキトに抱き寄せられながら、過保護だなあ、なんて思う。マキトに何から何まで任せるなんてさすがにできないよ。あたし、ほとんどのことはできないけどそれでもできることだってあるもん。ごはん食べたり、歯みがきしたり、お風呂入ったり、電気消したり。友達が聞いたらそんなの「できる」の内に入らないって言われそうだけど。でも何から何までできないわけじゃないもん。
「ところでサヤカ、どっか行こうとしてたんじゃないの?」
「あ、うん。マキトのとこ行こうと思ってた」
 マキトに言われて思い出す。そうだ、あたしマキトに聞きたいことがあったんだ。せっかくだから今聞こう。
「あのさ、マキト。あたしのこと好き?」
「さっきからそう言ってるだろ?好きだよ」
「何もできない子だったらあたしじゃなくても好き?」
「頼られるのは好きだけど、彼女でいて欲しいのはサヤカだけだよ」
「3日間あたしに会えなくて寂しかった?」
「寂しかった。もう我慢できなくなったからこうして来たんだよ。だからさ、仲直りしよう?」
「うん、仲直りする」
 マキトがあたしのこと好きなんだってわかっただけで満足。この3日間あたしと一緒で寂しかったんだって知ったらすごく嬉しくなった。あたしとマキト、同じこと考えてたんだね。
 何もできないあたしでいいのかなあなんて悩んでたけど、マキトがいいって言うならそれでいいや。
 ケンカの終わりは仲直りのキスで。
 こうしてあたし達はまた元通り仲良しに戻ったわけです。


 
 津田サヤカ、20歳。マキトとつきあって1年。時にはケンカもするけれど、あたしはマキトのことが大好きで大好きでしょうがないのです。
モクジ
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