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  生まれる気持ち  

 最近、居心地が悪いと思うのが昼休みだ。
 お弁当は奈美と誠也と一緒に食べている。場所は由貴那達のクラスで、昼になると誠也が姿を現すのが日常だった。
 二年になってからずっとそうしてきたけれど、森君が同じ教室にいると思うとどうも落ち着かない。かと言って場所を変えるのもおかしいし、誠也と奈美を二人きりにさせるのはもっと問題だ。
「おい、由貴那、なにボーっとしてんだよ」
「由貴那ちゃーん、大丈夫ー?」
「え、あ、うん。なんでもない」
 ちょっと疲れてるのかも。
 そんな言い訳をしながら慌てて食事を再開する。
 ここのところこの時間になるといつも考えてしまうことが二つある。一つはどうやってこの状況を打破しようかということ。もう一つは、食べてる間、ずっと森君がこっちを見ているんじゃないかということだ。特に後者が気になってしょうがないなんて、二人には言えるわけがない。今では学校でも森君と普通に話しているが、誠也と奈美からしてみれば由貴那がクラスメートの男子と話しているくらいにしか思われていない。彼が本当の関係を知っているなんて口が裂けても言えない。ただ、それを抜きにしても森君がずっとこっちを見ているかもしれないなんてとんだ自意識過剰だ。森君だって友達とお昼をとっているし、そんなことをしていたらどうしても誰かの目に留まる。だから、そんなことは絶対に有り得ない。
 でも時々こちらを窺っているのを知っているから、誠也への接し方はかなり意識している。必要もないのに近づかない、会話は誠也と奈美にそれぞれ均等に振るようにする、長い間視線を合わせない。それらを喧嘩でもしているのかと疑われない程度に実行するのは思いの他神経を使う。
 さっさと「偽彼女」役を降りればこんな気疲れから解放されるのに。それができないのは、いまだに由貴那が話を切り出せないせいだ。
 誠也と奈美にもうやめたいと言う決意をしたのは一ヶ月くらい前のこと。しかしそれから進展はなく、相変わらず由貴那は「偽彼女」のままだ。誠也と奈美の関係も特にこれといって大きな問題はなくいい形できているからどうしても言い辛い。きっかけでもあれば話せるだろうかと色々探してみたがそれも見つからない。それでずるずる今日まできてしまった。
 ただ、森君との関係はかなり変わった。学校でも話をするようになったし、メールの回数も増えた。電話も時々する。その回数は誠也よりも奈美よりも多い。初めて森君と電話をした時に彼のことを特別だと思ったけれど、その気持ちはますます強くなって、今では森君の着信は専用の曲に設定してある。メールに至っては専用フォルダがある。
 勿論、そんなことは誠也も奈美も知らない。二人とも由貴那と森君がそんな仲だなんて思いもしないだろう。
だから私が今の役割を降りようとしているなんて欠片も思わない。
今が安定していると信じている二人には。
「なあ、由貴那。今度映画行こうぜ」
 お弁当箱を空にした誠也が片付けをしながら休日の誘いをする。これはいつもの形だけの会話だ。本当に誠也と一緒に出掛けるのは奈美だ。だから由貴那は適当に返事をしていればいい。
「そうだね。何見る?」
「今、CMでやってるやつ。予告編からしてすげーんだよな。奈美は見た?」
「CMしか見たことないなあ。面白かったら話聞かせてね」
 奈美も上辺だけの対応をする。
 これが虚しいものだと感じるようになったのはやっぱり最近だった。前は何とも思っていなかったのに。
 意味のない会話、嘘の関係。
 ここにいる私達はこんなことをずっと続けてきたんだと思うとため息が零れそうになる。



「由貴那、映画日曜でいいか?」
「はあ?」
 帰り道、誠也から出た意外な言葉についつい声を上げてしまった。
 何の話かと首を傾げると「昼飯の時に」と誠也が言った。その隣で奈美がにこにこ笑っている。
「最近、由貴那ちゃんと遊べてなかったでしょ?だから一緒に行きたいなーって思ってたの」
「お前も結構好きなタイプの話だし。その後ボウリングとかどう?お前上手いんだよな。勝負しようぜ」
 どうやら誠也も奈美も本気らしい。しかも誠也に全く迷惑そうな素振りが見られない。それどころかボウリング勝負をやる気満々で持ちかけられてしまった。
「え、ちょっと待ってよ。二人で行けばいいのに」
 学校ではどうしても恋人らしくできない二人だから、休みの日はできるだけ入らないようにしていた。いくら最近遊んでいなかったからと言われても、やはり気にしてしまう。
 三人で遊びに行く時、自分以外の二人が付き合っている状況ほど居心地の悪いものもない。
「なんだよ。気ぃ使うなよ」
「使うでしょ。普通は」
 あんたはそんなことお構いなしなのかもしれないけど。
 そう言い返すと誠也がじろりと睨んでくる。顔がいいとはいえ、金髪の男に睨まれるのはなかなか迫力がある。でも誠也に睨まれたところで怖くも何ともない。
「もしかして由貴那ちゃん、予定あった?」
「あ、うん、ちょっと約束が」
 本当はそんなものないのについ反射的に答えてしまう。でもここはそういうことにしておいた方がいいかもしれない。
 しかし誠也が更に聞いてくる。
「なんだよ、約束って」
「お母さんと買い物」
 服を買ってもらうことになってるの、と咄嗟に思いついたことを言う。由貴那が母と時々出掛けることを知っている誠也はそれをすんなり信じたらしい。ただ、自分の提案が叶わなかったことにはやはり不満げな様子だ。
「じゃあ今度な」
「部活の予定見て日を合わせようね」
 今回は仕方ないけれど、またの機会に。奈美を口を揃えて言われてこくりと頷いた。
「うん、またよろしく」
 その時は三人にならないように、他の人にも声をかけておこう。幸い、誠也の友人で本当のことを知っている男子がいる。彼も入れて四人で遊べばいい。それならきっと気まずい思いもしないで済む。 
 うん、そうしよう。
 由貴那は一人頷いた。



 誠也と奈美の誘いを断ったものの、映画には惹かれて気がついたらインターネットで公開情報をチェックしていた。あらすじや出演者を見ていたらどんどん気になってきてしまって、ついつい上映時間のページまで開いていた。
「いいなあ。見たいなあ」
 表向きには誠也と行くことになっている手前、他の友達は誘えない。かといって誠也と奈美に一度見た映画につき合わせるわけにはいかない。それなら今回は気を使わないで思い切って一緒に行けばよかったかもしれない。
「一人で行く……?」
 しかし、由貴那にはその様子が想像できなかった。由貴那はどうにも一人で映画を観たり買い物をしたりするのが苦手だった。多くの見知らぬ人の中で一人になるのは出来る限り避けたい。
 どうしよう。
 考えた末、森君にメールを打った。
<今日は二人に映画に誘われて、絶対邪魔になると思って断ったんだけど、映画は結構見たいかも。>
 返事はすぐに帰ってくる。この時間帯だと向こうは塾の帰りで電車に乗っている頃だ。
<損したと思ってる?>
 たったそれだけ。誠也と奈美の話題だと大体いつもこうだった。なかなかストレートな表現に苦い気持ちになることも度々あるけれど、その一方くすぐったくもある。
 森君のことを考えると、二人の話題を出すのは無神経だと思う。だから由貴那も基本的にそれは避けるようにしていた、と言うより、彼と話したいことはいつだってたくさんあった。部活の話、テレビの話、野球の話、塾の話、家族の話――だから二人のことで悩みや愚痴を聞いてもらいたい時でもなければわざわざ名前を出す必要もない。
 それなのに今日、最初からそれに触れたのは何てことはない。言いたいのはその後のことだった。
<映画はね。でも二人と一緒にいるのはちょっと。そうだ!森君、一緒に見に行こうよ。> 
 返信したメールを眺めている内に胸がドキドキしてくる。
 一緒に行かない?
 それを聞きたくて勢いで送ったメールだ。
 OKしてくれるだろうか。それとも断られてしまうだろうか。
 森君ならいいって言ってくれるんじゃないかな。そんな期待を膨らませて携帯の画面を見つめていると、一通のメールが届いた。
 森君だ。
<いいよ。でも見つからないか?>
 見つかったら大変なことになるだろうと心配しながらも森君は了承している。
「やった」
 思わず出た自分の声の高さに、浮かれすぎかも、と軽くつっこみを入れるも由貴那の顔はにやけてしまう。
<大丈夫だよ。あっちだって今まで見つかってないんだし。それよりいつにする?>
 そう、誠也と奈美だってこれまで何回も外で会ってるけれど一度も話になったことはない。勿論、時間や場所は考えているだろうから、由貴那もその辺を注意すればいいだけのことだ。
 由貴那は数回のメールのやりとりで日時と場所を決めた。今週の土曜、駅で待ち合わせだ。午前中は多分部活があるだろうから、その後の時間にした。日曜の方が時間には余裕があるけれど二人と顔を合わせることになる可能性がある。
「でも部活の後って、ジャージになっちゃうよね」
 そんな格好で街に出るのはちょっと嫌だ。部活の友達と一緒に行くなら気にしないけれど、男の子と二人なのに女だけジャージなんて、いくらなんでもそれはだめだと思う。
「着替え持っていって、荷物が多くなっちゃったら駅のロッカーに入れて……」
 それくらいの時間はある。
 うん、そうしよう。
 頭の中で待ち合わせまでのシュミレーションをしていると、またメールが届いた。
 森君にしては返信が遅かったなと思いながら本文を読んで由貴那は固まった。
<ところで桐島、これってデートってことでいい?>
「デート」の三文字に心臓がばくばくと音を立てる。
「え、え、えええええ」
 驚いて声が出てしまい、しまった、と口を塞いだ。
 今の下に聞こえてないよね?大丈夫だよね?
 一階でテレビを見ている両親を気にしながら由貴那はメールに目を戻した。
 デート。
 森君とデート。
 男女が二人で出かけているんだから周りにはそう映るだろう。
 それに、由貴那自身、そんなつもりは無かったと言うにはあまりに気分が盛り上がりすぎていた。一緒に行く相手に森君の顔を思い浮かべて、OKをもらって嬉しくなって、挙句の果てには服のことまで考えて。
 これでデートでなかったら何だというのか。
「……やっぱり、そういうことなんだよね」
 ただこういうふうに言われると恥ずかしい。デートだと意識した途端にこれだ。
 森君は恥ずかしくないんだろうか。
 恥ずかしがる森君なんて想像できない。でも全然平気、というわけでもないんだと思う。このメールが来るまでに時間が空いていたのはきっとそういうことだ。
 返したくないなあ、と思いながらも白を切ることはできなかった。森君がどんな気持ちで聞いてきたか考えたら無視するような真似はとてもじゃないけれどできない。
 でも、胸はとてもうるさいし顔もすごく熱くてまともな言葉は考えられないから、結局送ったのはたった三文字。
<いいよ>
 デートってことでいいよ。
「あー」
 じっとしていられなくて枕に顔を伏せると、冷たくて気持ちよかった。そのままベッドの上でごろごろ動き回り、次のメールがきたところでぴたりと止まった。
<ありがとう。桐島から誘ってくれて、びっくりしたけどすげー嬉しい。土曜日、楽しみだな>
 息が止まった、と思った。
 あれだけうるさかった心臓が一瞬しんとして、その後でさっきよりも早く動き出す。変な声を出しそうになって慌てて口を覆った。
 自分の中に生まれた気持ちに気づいてしまった。
 頭の中が一気に森君のことでいっぱいになっていく。
 ここ一年、由貴那の頭の片隅に常にいた誠也と奈美の存在はすっかり消えてしまっていた。
「私、森君のこと……」
 疑いようもなかった。
 今、確かにここにある気持ち――そう、これは恋だ。
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