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  51  

 ずっと努力し続けていればいつか必ず実る。そう考えていなければ瑞穂はやっていられない。報われない努力を続けるのはとてもパワーがいることだ。
 だから、努力が少しでも報われることがあれば喜んでしまうのは当然だ。ましてや、希望の光が見えるなら尚のこと。
「やった!」
 瑞穂はそこが塾のロビーであるのも構わず声を上げた。抑えることも考えられなかった。それくらい、手元の紙に載っているデータが嬉しかった。
 授業が終わった後、8月に受けたセンター模試の結果が配布された。因みに配布場所はロビーである。受け取ってすぐに結果を開いた瑞穂の目に飛び込んできたのはCという文字。判定の欄に確かにCと書かれていた。これまでD判定ばかりだったのに、1つ評価を上げることができた。見れば合計点数の方も確かに上がっている。念の為に平均点と比べてみても前回より差が大きくなっている。数学UBもギリギリだけれど50点を超えた。
 C判定――合格確率50%。言わばボーダーライン。ついにここまで辿り着くことができた。35%から50%への変化は大きい。
 頑張って勉強した甲斐があった。これならセンター試験までもっともっと頑張れる。合格がほんの少し近づいた。それが嬉しくてたまらない。いち早く良臣に報告すべく、瑞穂はロビーを出た。
 この結果は瑞穂一人の力じゃない。良臣が根気強く瑞穂の勉強を見てくれたからだ。だから誰よりも先に知らせたかった。
 コンビニに駆け込もうとしたところで慌てて足を止める。今追い抜いたのはもしかして――と振り返ると案の定コンビニに向かっている良臣だった。良臣は怪訝な顔で荷物を肩にかけ直す。
「慌ててどうしたんだよ。なんか追いかけられてんのか?」
「違う、違うの!これ見て!狩屋!」
 手に持ったままの模試結果を良臣に渡す。しかし良臣は中を見る前に顔を顰めた。
「ここじゃ暗くて見えないな。コンビニの前に行くか」
 確かにそこなら明るいから字もしっかり見える。2人はコンビニの前に腰を下ろした。あまり行儀のいいことではないけれど少しだけ、と瑞穂は目に見えない相手に言い訳をする。
 良臣は瑞穂の結果を開くと軽く目を瞠った。
「へえ……頑張ったな。UBもなんとか半分取れてるじゃないか。よしよし。俺の教え方がいいのが証明されたな」
「ちょっと待って。そっちに行くわけ?」
「俺が俺を誉めて何が悪い。言っとくけどな、俺じゃなきゃこんなすぐに成果でないぞ。家庭教師代とってもいいくらいだ」
「それに関しては食事でしっかり返してるはずだけど!?」
 むきになって瑞穂が声を荒げると良臣が意地悪く笑い出した。
「わかってるよ。お前もよくやってるって。まあ、これで少しは前進したな。この間の模試もよっぽどのことがなければC判定だろう。次の模試も取り敢えず点数を上げつつC判定から落ちないこと。これが目標だな」
 良臣は結果を瑞穂に返して立ち上がる。瑞穂は紙をバッグにしまってから立ち上がった。
「え、B判定じゃなくていいの?」
 もう一段階上げろ、と言われるかと思ったのに。C判定を維持するという目標は果たしてそれでいいのだろうか。
「今回はまあ、ギリギリCって感じだからな。次はB寄りのCにするんだよ。そしたら次はBだ。そうやってけばいいんだよ。取り敢えず今日は、間違えた問題もう一度やり直すぞ」
 行くぞ、と良臣に促されて歩き出す。
 良臣はああ言ったが、瑞穂はやはり次はB判定が欲しい。それなら良臣が言う以上に頑張らなければいけない。
 やるしかない。
 強い決意に瑞穂の瞳が光った。



 良臣の部屋で模試の間違えた問題を解き直していると瑞穂の携帯電話がメールの着信を知らせた。ごめん、と良臣に一言謝って瑞穂は相手をチェックする。そして出てきた名前に目が険しくなった。それを見た良臣は自分の問題を解く手を止める。
「あいつ?」
「そう」
 ぶっきらぼうに答えながら瑞穂はメールを開く。「塾お疲れ様」といった他愛ない内容だ。返信を求められている文面ではないと判断した瑞穂は無言で携帯電話を閉じた。
「ごめん、邪魔しちゃったね」
「別に。それより返さなくていいのか」
「どうでもいい話だったから」
 それ以上言わないで、と瑞穂は途中だった問題に戻る。良臣も視線を元に戻した。
 最近、良臣と勉強している時に光二からメールが来ることがある。大体の場合はこんなふうに無視をする。返さなければならない時は短い言葉で返す。そんなことをしている内に良臣はメールの相手が光二かそうでないかわかるようになった。その鋭さに瑞穂は舌を巻いている。でも下手に隠す必要がないのはある種楽だ。
 良臣は光二とは違う。距離を間違えたりしない。瑞穂と光二の件について無闇にかき回したりしないしいろいろ聞いてきたりしない。そんな良臣に瑞穂がどれだけ救われているか。
 光二からのメールは夏に比べると数が減った。内容も友達に送る普通のメールだと思う。けれどもその裏で光二が何を考えているのか勘繰る癖がついてしまった。瑞穂自身、それではよくないとわかっている。でも、どうしても考えずにはいられない。そしてある可能性ばかり意識してしまうのが嫌だ。
 友達だと言うのなら、変に不安にさせるようなことはしないで欲しい。
 励ましのメールなんて要らない。メールすらも送ってこなくていい。
 お願いだから、光二。
 どれだけ強く願ってもそれを本人に伝えることができない。もしそんな時が来たら、一波乱では済みそうにない予感がする。現時点で瑞穂の受験以外の唯一の悩みだった。
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