二人の親友
細い道から大きな道に出ると、「おーい!」と声をかけられた。振り返ると、誠也がこちらに向かって走ってくる。
由貴那の家と誠也の家はそう遠くない。小学校は別だったが、中学校は同じ学区で誠也とは中学一年からの付き合いだ。
「はよ」
朝から金髪が眩しい。更に笑顔も眩しい。これはきっと昨日いいことがあったに違いない。――多分、奈美関連で。
「おはよ、誠也。なんかすごく機嫌良さそうだね」
「おう。昨日のメールが可愛くてさー。でも、お前には教えてやんねえ」
主語を入れなくても誰のことかわかる。朝から可愛い彼女についてのノロケかよとつっこみたくなるけれど、かれこれもう半年くらいこんな調子だ。いい加減、毎回毎回つっこむのは疲れてきた。
「別に聞かないから、一人でにやけてれば」
「うわ、お前、付き合い悪くね?由貴那が冷たいって奈美に愚痴るぞ」
「どうぞご勝手に。奈美があんたを信じるとは思えないけどね」
残念でした。奈美はあんたの彼女かもしれないけど、私の親友でもあるんだからね。そんな明らかな嘘に騙されるような子じゃないんだから。
「つまんねえの」
誠也は肩を竦めて由貴那の隣に並んだ。駅に向かう道を二人で歩く。待ち合わせの約束はしていない。でも、高校に入った時から何となく毎朝一緒に学校に行くようになっていた。一年の時は同じクラスだったから、結構多い時間一緒にいるのを見たクラスメートから「お前らつきあってんの?」なんて言われるようになって。由貴那は否定しようとしたのだけれど、こともあろうか誠也の方が肯定した。周囲はあっさりと信じ込んだ。それ以来、由貴那は誠也の「彼女」になっている。
当時、誠也に彼女はいなかった。けれど、誠也は俗にいうかっこいい系で。家が工場を経営していて、母親は元モデル。彼女希望者は後を絶たなかった。その状況にうんざりしていた誠也が、周囲の勘違いを逆手にとって由貴那を盾に他の女子たちに牽制をかけたのだ。
それからの由貴那は、正直言って災難だった。
時々、一部の女の子達から嫌がらせをうけるようになった。根も葉もない噂が出回ることもあった。嫌で嫌で仕方なかったけれど、本当は誠也の彼女じゃないとどれだけ言っても誰も真に受けてくれない。また喧嘩したの?の一言で片付けられてしまう。高一で初めて知り合った奈美もその中の一人だった。
けれど、去年の秋、誠也が奈美に告白して二人はつきあうことになった。
二人から報告を受けた時はこれで偽彼女も終わるのかと思った。でも、誠也の口から出たのはこれからも表向きの彼女を続けて欲しいということで。理由は、奈美を他の女の子達から守る為だということだった。
奈美は優しい。おっとりしていて、小さくて、可愛くて、いかにも女の子という雰囲気の女の子だ。その奈美が誠也とつきあっていることを由貴那に嫌がらせをしてきた人達が知ったら?想像したくなかった。奈美がそんな悪意を受けることになるだなんて。由貴那にとっても奈美は大切な親友だった。彼女を守りたい誠也の気持ちはよくわかった。だから、誠也の頼みを引き受けた。勿論、奈美の気持ちも聞いた。表向きでも由貴那が彼女呼ばわりされるのは嫌じゃないのか、それでもいいのか。その上で、由貴那は誠也の「彼女」でい続けることを決めた。
うまくいっていると思っていた。
学校ではそれまでと変わらないように過ごしていた。誰もが由貴那と誠也がつきあっていると信じて疑わなかった。時々ある嫌がらせも、相変わらず由貴那に向けられたままだった。
だから。
昨日、彼に見抜かれていたことを知って焦る気持ちが抑えきれなかった。
どうしよう。
もし、他の人にもばれたら?奈美はどうなる?
考えたくもなかった。
「由貴那」
「なに?」
思考を割って入ってきた声に顔を上げる。誠也が怪訝な顔でこちらを見ていた。
「今日、どした?顔強張ってる」
「あ……」
思わず顔に手で触れる。気づかない内に顔に出てただなんて。
誠也は眉間に皺を寄せる。
「もしかして、また?」
「あ、違う。そういうのじゃなくて」
嫌がらせがあったのかと疑う誠也に首を振った。
違う。
もっと危ないことだ。
誠也には言った方がいいのかもしれない。言った方がいいのかもしれないけれど。
「じゃあ、どした?」
「え、と。今は、ちょっと……」
ごめん、まだ言えない。
その勇気がない。
「……わかった。きつくなったら言えよ」
さりげなく誠也が肩に手を置いた。
無理に聞かないのは誠也の優しさだ。
「……ありがと、誠也」
そして、ごめんね、誠也。