Happy Birthday


 壁にもたれておしゃべりを楽しんでいると、「あの」と声をかけられた。
 振り返れば、廊下から1年生の女の子が不安げな表情でこちらを見ている。
 用件を尋ねると、彼女はずいっと可愛くラッピングされた箱を差し出した。
「あのっ、これ、仁科先輩に渡して下さい!お願いします!」
 ……またか。
 宅急便サービスを始めた記憶はこれっぽっちもないんだけど。
 しかし断る理由もない。
 沙穂は仕方なくプレゼントを一時的に預かることにした。
「ありがとうございます!」
「あ、名前……」
 なんていうの?
 尋ねようとしたのに、1年生は走って去ってしまった。
 後に残された沙穂は、傍でやりとりを見ていた理枝に肩を竦めてみせた。
「ここまで来たんだから自分で渡せばいいのにね」
 ばっかじゃないの、あの1年。
 つまらなそうに呟く友人に、沙穂は苦笑する。
「そうだけど、あれじゃ仕方ないかもね」
 教室の中に首を向ければ、窓際に女子生徒の人だかりができている。
 あの中にいるのが、沙穂が託されたプレゼントを渡さなければならない件の人物、仁科晃だった。
 上級生ががっちりガードしているんだから近づけるはずがない。


 今日は登校してきた時から学校の雰囲気が違っていた。
 朝からザワザワしている女の子達を見て今日は何かあったっけと首を傾げた。
 この空気には心当たりがある。
 年に一回の一大イベント。でもバレンタインデーには早すぎる。まだ9月に入ったばかりだ。
 みんな、なんでそわそわしてるんだろ。
 それも女の子だけ。
 謎は教室に入った瞬間に解けた。
 教室の中に、明らかに異彩を放っている机がある。
 窓際の列の、真ん中。
 その机や椅子の上には、色とりどりの様々なパッケージが積まれていた。
 その席の主の顔を思い出して、納得した。
 つまり、今日は彼の誕生日なのだ。
 仁科晃、この学校で一番もてる男が生まれて17年目の記念日だった。

 仁科の誕生日ともなると、日頃から彼に好意を寄せている女の子達は気合いも入るというもので。
 今、彼に揃いも揃ってプレゼント攻撃をしている彼女達の姿に、沙穂は違う意味で感心してしまう。
 気持ちはわからないでもない。
 でも、やりすぎはいけない。
 輪の中にいる仁科の表情は見えないが、朝の時点で彼が酷く疲れていたのを思い出す。
 優しい人だから、次々とやってくる女の子達を邪険にできないのだろう。一人一人にちゃんとお礼を言ってプレゼントを受け取る真面目さがまた、彼女達の喜びとエネルギーに変わることを彼は知っているのだろうか?
「ニッシー、はいこれ。1年の女の子から。名前聞く前に逃げられちゃった」
 授業が始まる直前、他の生徒がひいたところで預かり物を渡しに行くと仁科は「ありがとう」と少々生気のない顔で礼を言いながら受け取った。
「守屋、何度目?」
「うーん、5回以上10回未満ってとこ?」
 朝から3時間目の休み時間が終わるまでに、既にそれだけの人数からプレゼントの引渡し係を頼まれている。仁科と特別親しいとか、そういうことはない。ただ、席が廊下側の出入り口のすぐ傍にあるというだけで声をかけられ、「これ仁科君に渡して!」とお願いされる。
「あー、悪い」
「いや、別にあたしは。ニッシーこそ大変だね」
「あー、うーん、まあ……」
 毎日話すような間柄でもないのに、今日だけで何回も仁科のところを行き来しているから、仁科も気になっていたのだろう。眉を八の字に下げて謝るのだが、それすら絵になってしまうのだから恐ろしい。彼がもてるのも無理ない話だと思う。
 でもやっぱり、やりすぎはいけない。
 彼の机の周りに置かれた2つの紙袋とそこから顔を覗かせている大量のプレゼント、そして仁科の疲れきった表情を見て改めてそう思う。
 仁科も嬉しくないということはないのだろうけれど、ここまでいくと純粋にそうも思えないような気がする。
 このプレゼントだって、渡す側の自己満足の塊にしか思えなくなってくる。
 10分しかない休み時間が3回あっただけでもこれだ。4時間目が終われば昼休み。あの長い時間を彼はどうやって過ごすのか?とてもじゃないけれど落ち着いてなんていられないだろう。
「昼はどうするの?」
「んー、どうしようかなあ。弁当食ったらトイレにでもずっとこもってようかな」
 彼が女の子と面と向かうのを拒絶し始めている辺り、この状況に相当こりてしまったらしい。
「その方がマシかもしれないけど……」
 昼休み中ずっとトイレにいるのもどうかと思う。確かに、女の子は入っていけないんだけど。
 保健室は?だめだ、そんなところにこもろうものなら逆効果。今度は心配する女の子が数を増やして押しかけかねない。どこか、人気のない穴場はないものか。
「あ」
「どした?守屋」
 あった、人の来ない場所。
 沙穂はポケットを探って、ヒヨコのキーホルダーがついた鍵を仁科に渡した。
「鍵?」
 不思議そうに瞬きを繰り返す仁科に、沙穂はニッと笑う。
「それ貸してあげる。あたしからのプレゼント。昼休みはそれ使うといいよ」
「え、これ、どこの?」
 尋ねる彼に、沙穂は周囲に聞こえないように場所を告げる。
 その意図を知った仁科は、パッと笑顔を浮かべて「サンキュ」と言った。


 昼休み、沙穂はいつものように4人で机を合わせて弁当を食べていた。
「なんかさ、すごく静かになったよね」
「別にいつも通りなんだけどね。午前中がすごかったからさ」
「そうそう。去年よりパワーアップしてるからびっくりした」
「でもさ、それにしてもニッシーどこ行ったんだろうね?」
「さあ、でも教室にいなくて正解だと思うよ。どこに隠れたのかは知らないけど、今頃平和を満喫してるといいね」
「だねー」
 話題に上っている仁科は教室にいない。普段は教室で昼食を取っているのだが、今日は4時間目が終わると同時に荷物を持って教室を抜け出した。彼が今どこにいるのか沙穂は知っているのだけれど、勿論そんなことは顔にも出さない。
「ねーねー、今日の帰りさ、ケーキ食べにいかない?秋の新作出たんだあ」
「いいね、それ!行きたい!」
 理枝の発案に沙穂がいち早く飛びつくと、他の2人も笑いながら「行くー!」と声を挙げた。
 話題は自然と秋の新作ケーキに移り変わる。定番ケーキの美味しさと季節限定の新作についての期待で4人が話に花を咲かせていると、突然ガタガタガタと音が響いた。
「うわっ」
 音の正体は机の上に置いてあった沙穂の携帯電話だった。マナーモードでバイブ設定にしてあったのに机の上に置いていたので耳に悪い音が響いてしまったのだ。
「ごめん」
 謝りながら携帯を取って開くと、メールが1通届いていた。
 誰だろう?
 開いたメールを見て目を瞠る。
 これって……。
「沙穂、どうした?」
「あー、うん、ごめん。ちょっと用事が出来たから行ってくるわ」
「生徒会?」
「うん。昼休みいっぱい戻らないかも」
「大変だねー」
「頑張ってー」
「ありがと、じゃあ行ってきまーす」
 沙穂はてきぱきと弁当を片付けると、携帯を片手に教室を出た。


 生徒会室の前に辿り着くと、沙穂は小さく深呼吸をした。
 いつもは遠慮なしに開けるドアにノックをして声をかける。
「守屋ですけどー」
 多分鍵がかかってるんだろうと思って向こうの反応を待っていると、中からガチャガチャと音がした後にドアが開けられた。
 生徒会室からひょっこり顔を出したのは仁科晃。
「早かったな」
 嬉しそうに言う仁科を沙穂は横目で見ながら中に入った。そして鍵を閉める。その間に仁科は近くの席に座る。沙穂はどうしようか少し考えたが、彼の近くまで行って壁に寄りかかることにした。
「なに、あのメール」
「いや、知らない場所に一人だと心細くてさ」
 届いたメールの送り主は仁科だった。
 寂しいから遊びにきてよ。
 たった一言、事情を知らない人に見られたらとんでもない勘違いをされそうな文面で。
 沙穂が渡した鍵は生徒会室の鍵だった。生徒会メンバーは一人一つずつ合鍵を持っている。いつでも自由に出入りし、業務を円滑に進める為だ。
 しかし、今日の昼は特に誰も使う予定は入っていなかった。それを知っていた上で沙穂は仁科に鍵を貸したのだ。
 まさか生徒会室に仁科がいるとは誰も思うまい。仮に誰か人がいると思っても、一般の生徒にはこの扉を開ける度量はない。
 だから、仁科の一時の避難所として提供したのだけれど。
「まあ、確かにわからないでもないんだけど……」
 ここに一人でいる度量がないのは仁科も同じだったらしい。
「守屋っていつもここで仕事してるんだな」
 仁科が物珍しげに部屋の中を見回す。
 生徒会メンバーが仕事をこなす為に使っているという目的以外は、他の教室と変わらないのに。ただ、小さな冷蔵庫があったり湯沸しポッドがあったりと、普通の教室にないものが並んでいるのも事実なのだけれど。
「仕事半分、おしゃべり半分って感じだよ。今は特にすることもないしね」
「へー。でもいいな、ここ。意外とくつろげる」
「ソファもあるしね」
「誰が座るか決まってる?」
「ううん、早い者勝ち。そうするとね、会長は基本的にソファに座れないの。遅刻魔だからね」
「意外。すごくしっかりしてそうなのに」
「そっちの方が意外。あの人へたれだよ」
「わ、マジで?」
「マジです」
 信じられねー、と仁科が声を立てて笑う。沙穂もあの会長がしっかりしてるなんて考えられない、と一緒になって笑った。
 それから、話は二転三転して。
 思い出したように、仁科が教室の様子を尋ねた。
「4時間目が終わった後、どうだった?」
「始めの方はちょっと来てたけど、どっかに逃げたらしいってわかったら帰っていったよ」
 中には、色々探し回っている女の子もいるのだろうけれど。
 それを聞いた仁科はこめかみに指を当ててため息をつく。
「気持ちは嬉しいんだけどさ……あんまり、こういうのもなあ……」
「迷惑ならはっきり言ったら?」
「んー、祝ってもらえるのは嬉しいんだよな。ただ、プレゼントまでは望んでないっていうか。ほんと気持ちだけでいいんだけど。でも、せっかく俺の為に選んでくれたんだからと思うと断るのもどうかと思うし」
「あれ?結構楽しんでる?あたし余分なことしちゃった?」
 仁科がそう思っていないことを承知で敢えて尋ねると、仁科は慌てて首を左右に振った。
「いや、全然!楽しんでないし、守屋のおかげで助かったし!」
「ふーん」
 興味無さそうに相槌を打つと、仁科がほんとだから!と拳を立てて力説する。
「大体さ、あんなたくさんもらっても、置く場所に困るだろ?その前に、家に持って帰るのも大変だし。俺、そんな力ないから一日一袋が限界。それに、知ってる人からならまだいいんだけど、知らない人からプレゼントもらっても結構困る。なあ?」
 同意を求められた沙穂は「まあね」と頷いた。困ると言った仁科が本当に困った顔をしていてからかう気にならなかった。
「ニッシーって彼女いないの?」
「……いきなり何」
 どういう話の展開だと仁科が疑問符を浮かべている。
「いや、いるならさ、事前に彼女以外からはもらわないって公言しておけば随分楽になるんじゃないかと思って」
「あーそっか!そうかー、そっかー。……でも俺、彼女いないし」
「え、そうなの!?」
 それは意外だった。
 これだけもてていて、彼女がいないとは微塵も思わなかった。
 沙穂が驚きのあまり声を上げると、仁科は後ろに寄りかかりながらふてくされた。
「なんだよ、悪いかよ」 
「悪くはないけど、びっくりした。ニッシーならよりどりみどりだと思ってた」
 頻繁に告白されているのも知っている。だからこそ、余計に。
「それ、あんまいいイメージじゃないなあ」
「そんなことないって。でも、女の子いっぱい来てくれるのに、付き合わないの?」
「うん。俺は普通に恋愛したいんだよ。ちょっと気になるなってところから始まって、片想いしてもやもやして、告白して付き合って楽しかったりちょっとしたことで落ち込んだり。そういうのがしたい」
「……難しいね」
 何て言っていいのかわからなかった。
 ただ、仁科の思い描く恋愛には共感できる。だから、現状では彼が求めているものを得にくいのだろうとも思った。
 しかし、片想いをする仁科はなかなか想像ができない。きっと他の人もそう思うはずだ。それでも沙穂がぼんやりと片思い中の仁科を想像しようと小さな努力をしていると、ガチャガチャと鍵を開ける音が耳に入った。
 沙穂と仁科が入り口を振り返るとほぼ同時に、ドアが開かれる。
 そこに立っていたのは茶色のセルフレームが印象的な副会長の三木だった。生徒会の中でも親しい先輩の登場に沙穂はホッとする。しかし、向こうの反応は違っていた。
「あれ?」
 彼は一瞬固まり、ぎこちない動きで部屋の中に入り、ドアを閉めた。
「まさかさっちゃんが男連れ込むとは思わなかったな」
 聞き捨てならない一言だったが、沙穂は取り敢えず無視する。
「先輩どうしたんですか」
 今日は仕事はないはずだ。
 何の用があるのかと尋ねると、三木はロッカー近辺に目を泳がせた。
「なんか昨日教科書忘れてったみたいでさ。……ああ、あった」
 ロッカーの上にあった世界史の教科書を手に取り、ほらねと背表紙に書いてある名前を見せつけてくる。
 別に疑っているわけではないのだからそこまでしなくてもいいのに。
「それより、なに、さっちゃんいつの間に彼氏できたの。それも校内一のモテ男君とさ」
 興味津々の顔で言われて沙穂は肩を落とした。仁科の表情を窺えば、かなり戸惑っている様子だ。二人は多分初対面のはず。それなのにいきなりこんなことを言われたら戸惑うのも無理はない。しかも「モテ男君」とは一体どういう呼び方なのか。事実だとはいえ、本人に直接言うのはかなり失礼だと思う。
「そういう冗談はつまんないです、ミッキー先輩。ニッシーは今日誕生日なんで、私は昼休みの避難場所をプレゼントしただけです」
「あー、なるほど。2年生の方がなんかうるさいと思ったらそういうことか。そりゃー大変だな」
「あ、すみません」
 間髪入れずに仁科が謝るが、三木はひらひらと手を振った。
「いやいいって。モテ男君のせいじゃないから。そうだ、誕生日ならちょうどここに……」
 ぶつぶつ呟きながら三木は戸棚を空けた。そこに何が入っているか知っている沙穂はすぐに彼の意図を理解する。
「あった。ほら、これでも食べなよ。良かったね、一昨日補充したばかりだったんだよ」
 三木が仁科に渡したのはチョコレート味のスナック菓子だった。あの戸棚には間食用の菓子が入っている。三木が取り出したのもその中の一つだった。
「もらっちゃっていいんですか?」
「いいよいいよ。一袋くらい無くなったって。誕生日だし?そんなもんで悪いけどさ」
「や、嬉しいです。ありがとうございます」
 突然差し出された菓子に戸惑っていた仁科だったが、三木の好意に笑顔を浮かべて掌サイズの袋を受け取った。三木も張り合っているのかどうか知らないが、普段は滅多に見せない人好きのする笑顔で応えた。
「どういたしまして。じゃ、俺は行くから。さっちゃんはまた明後日定例会で。モテ男君は帰りも頑張って」
「はーい」
「あ、ありがとうございます」
 戸締りよろしく、と言って三木は帰っていった。
「なんか、ちょっと独特だけどいい人だな」
 仁科の三木評に沙穂は小さく笑う。
「そうだね。いい人だよ」
「さっちゃんって呼ばれてるんだ?」
 尋ねられて、そう言えばクラスではそのあだ名で呼ぶ人はいなかったことを思い出す。
「中学の時のあだ名なんだ。ミッキー先輩、中学が一緒だったから」
 しかも、中学でも一年間生徒会で一緒だった。それが縁で高校でも生徒会に入ることになって。
「へえ。なんか新鮮」
「逆に私はちょっと懐かしい」
 高校でできた友達はみんな名前で呼ぶし、同じ中学から来た子は少ない。沙穂のことをさっちゃんと呼ぶのは生徒会メンバーくらいだ。
「可愛くていいんじゃない?」
「え」
 突然出た可愛いの一言にドキッとする。
 いきなり何を言うんだこの人は。
「えって言われても。可愛いと思うよ、さっちゃんってあだ名」
 可愛いなんて何度も言わないで欲しい。
 仁科に特別な感情を抱いてなくてもドキドキしてしまうじゃないか。
「ニッシーの方が面白くていいよ。ネッシーみたいで覚えやすいし。何なら今度、ネッシーって呼んであげようか?」
「未確認生物と一緒にすんな!」
 話題を逸らそうとからかった仁科の返しが面白くて、沙穂は声を立てて笑った。
 そこに、予鈴が響く。昼休み終了まであと5分だ。
「おっと、もう時間だね。教室戻んないと」
 寄りかかっていた壁から背を離し、簡単に背中を払う。
「ニッシーはギリギリまでここにいなよ。2分前くらいに出るのがベストかな」
「うん、サンキュ」
「じゃあ、お先ー」
 気をつけて帰ってきなよと一声かけて沙穂は生徒会室を後にした。


 夜、自室でくつろいでいると携帯が鳴った。
 背面の液晶はその相手が仁科であることを知らせていた。
 連絡網は他の人から来るから違う。
 何の用事だろう?
「もしもし」
<あ、守屋さん?こんばんは。仁科だけど>
「うん、こんばんは」
 電話を通して聞こえる彼の声はなんだか楽しそうだ。
 放課後もホームルームが終わると同時に教室を抜け出した仁科だったが、多分上手く逃亡することができたのだろう。
<今日は本当にありがとう。すごく助かった>
「ああ、間に合わせのプレゼントで申し訳ないくらいだったけど」
 即席で考えて、鍵を貸しただけ。
 かかった費用も0円。今日彼が貰ったプレゼントの中で一番安上がりだったはずだ。
<そんなことないよ。なんか今日はたくさんの人から祝ってもらったり、プレゼントもらったりしたんだけどさ。守屋のが一番嬉しかった>
「お世辞でも嬉しいよ、ありがと」
 本当に人がいい。
 多分ちゃんとお礼を言う機会がなかったからこうして電話をかけてくれたんだろう。
 だからもてるんだよ。
 今度機会があれば、教えてあげようか。今日のような機会は二度とないとわかっていながらそんなことを考える。けれども、その思考は仁科の言葉で止まってしまう。
<そんなんじゃないって。ほんとに、嬉しかった。感謝してるんだ。生徒会室面白かったし、守屋とたくさん話せて楽しかったし、副会長もいい人だったし。あのままだったら疲れるだけの一日だったけど、守屋のおかげで楽しい誕生日になった。だから……ありがとな。それが言いたくて>
「…………うん」
 それだけ言うのがやっとだった。
 電話で良かった。
 鏡を見なくてもわかる。今、沙穂の顔はトマトみたいに真っ赤だ。
 どうしよう。
 これはもしかして、もしかすると。
<じゃあ、また明日な>
「うん、おやすみな……あ、ニッシー!」
 話の終わりを告げられて反射的に「おやすみなさい」と言いかけたが、ふと思いとどまって、彼の名前を呼んだ。
<ん?なに?>
 優しい声で返してくる仁科に、沙穂は口元を緩めた。
 そう言えば、一番肝心の言葉を言ってなかった。
 日付が変わるまで、まだ3時間くらいある。
 仁科が電話してきてくれてよかった。
 ありがとう、と胸の中で感謝の気持ちを呟く。
 そして、電話の向こうにいる彼を想って、笑顔を浮かべた。

「17歳の誕生日、おめでとう」



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