038.囚われの鳥
好きだけど。
でも。
片想いの相手に「付き合って欲しい」と言われたのは一昨日の話。
嬉しかった。びっくりしたけど、本当に嬉しかった。
私のことをそういう対象で見ていてくれた。彼女になって欲しいって言ってくれた。真剣だって言ってくれた。
少し前までの神奈だったらきっとその場で頷いていた。
でもそれはできなかった。
先週、良幸と紗智が別れた。
別に二人に悪いとかそんなことは思っていない。いや、全く無いと言ったらやっぱり嘘になる。紗智に大してはどうしても気が引けてしまう。
唯、問題はもっと別のところにあって。
神奈には、良幸という婚約者がいる。もう何年も家族ぐるみで付き合っている良幸という存在が。それでも二人とも好き勝手にそれぞれの恋愛をしてきた。そのことに対して罪悪感なんてものはなかったし、やりたいようにすればいいと思っていた。
でも。
良幸が紗智と付き合うようになって、紗智が良幸との未来を幸せそうに思い描くのを傍で見ていると、自分達のしていることは間違っている。そう思えて。
良幸は今のところ結婚願望はない。結婚するとしても、その相手は神奈になるだろうと漠然と考えている節がある。それは神奈にしても同じことだった。良幸と本当に結婚するのかわからない状態がずっと続いているにも関わらず、いずれはそういうことになるのかもしれないと。どこかでそう感じていた。
それなのに、その時々の感情で付き合って。最初からそんな未来はないとわかっているのに、相手に期待させるだけさせて。
それがどんなに酷なことか、間近で見てしまったから。
だから。
どんなに滝本さんのことを好きでも、付き合わない方がいいのだと思う。
滝本さんは28歳の大人だ。まだ結婚の意思はないようだけど、それでも遊びでは付き合っていけない年齢だと思う。神奈が付き合ったとして、そこに遊びの気持ちなんて欠片も入るわけがないのだけれど、それでも事実を知る人間が見れば遊び以外の何者でもない。
大体、一応とはいえ婚約者のいる身で、28歳の相手と付き合えるわけがないのだ。
これまで好きになってきた人達とは違う。今まで好きになった誰よりも、好きだ。
だからこそ。
断ることしか、選ぶことができない。
好きだからこそ、彼を酷く傷つける選択肢など選べない。
でも、断ったら。
きっと、もう会えなくなる。
いくら彼が大人でも、自分を振った女をそのまま傍に置いておくとは思えない。
そしたら、彼との繋がりも消える。
それが嫌だった。
彼の傍にいられなくなるのが。
好きだ。
彼の傍にいられるだけで幸せだ。
だから辛いことがあっても、結局は彼の元に戻ったというのに。
でも、こんな気持ちのまま付き合うことなんてできない。
だとしたら、未来は一つ。
彼との関係は、ここでおしまい。二度と会うことはできない。
どれだけ考えても辿り着くのはこの答え。
自分はこの答えを受け入れるしかない。けれど、受け入れて返事をするには、まだ気持ちの準備ができていない。
この恋に終止符を打つ覚悟が、必要だった。