028.漆黒の鎌

 いつものように食事をした後、帰りの車の中で。
「お前と一緒になったら、きっと楽しいんだろうな」
 あいつがサラッと口にした言葉に、頭が真っ白になった。



 一緒になったら。
 それが指す意味は、一つしかない。
 冗談だ。
 こいつが自分に対してそんな言葉を本気で言う筈がない。
 まだまだ、気軽な独り身を楽しみたいと言っていたじゃないか。
 結婚なんて考えられないと。
 大体、さっき食事中に神奈は滝本との関係が元に戻ったことを報告したばかりで。
 それに「良かったな」と笑って頷いた良幸が深い意味を持ってこんな発言をするわけがない。そうだ、今のに大した意味なんてない。
 そう思って、何か言わなければ、と無言の空気を破ろうとしても声が出ない。
 何で、良幸はそんなことを。
 一応とはいえ、婚約者という関係にある自分達だ。
 祖父達の気分次第では半年後に結婚していてもおかしくない状況であるのに、やはり彼と一緒の未来はどうしても想像できない。
 同じ人生を歩む相手ではない。
 それがはっきりわかっているだけに、いつかは別の道を歩むのだと思っていただけに。
 他でもない彼自身からそんなふうに言われたことが酷くショックだった。
 だって、私達は。
 私は。
「そんな深刻に受け取らなくてもいいのに」
 沈黙を破った彼の声に、ふと顔を上げる。
 良幸は、運転をしながら流し目を送ってきた。
 心配しないで。
 そう言われた気がした。
「いつも言ってるけど、俺、まだ結婚願望はないよ」
 それに。
「神奈とは、今の距離が一番いいんだからさ」
 お前もわかってるだろ?
 尋ねられて、素直に「うん」と肯定すると、良幸の口元に満足げな笑みが浮かんだ。
「こうして食事したり、どっか行くの、すごい楽しいしさ。もし俺と神奈が結婚してもそれは変わらないと思う」
「うん」
「でも、これ以上楽しくなることはないんじゃないかな」
 ふと、そう思ったんだ。
 それだけだよ。
 そう言う良幸にホッとして、「そうだね」と応える。
 何があっても、私達は。
「今」以上になれることなんて、ないだろう。
 それを互いに気づけているのが、きっと救いだ。
「どうしたの?いきなりそんなこと言うなんて。紗智とうまくいってないの?」
「いや、別に。特に変わりないけど」
 それを聞いて、そうだろうね、と頷く。
 二人の間に何かあったら、紗智は間違いなく神奈達に相談するはず。それすらもないのだから、二人はうまくいっているはずだった。
「そういうわけだからさ、神奈。今度は牡蠣食べに行こう」
 何がそういうわけなんだか。
 でも、牡蠣には惹かれてしまう。
 今は旬だし、元々好きだし。
「いいよ。去年と同じとこ?」
「んー、色々あるけど、やっぱりあそこが一番かな。どっか希望ある?」
「ううん。そっちの方が詳しいから任せる」
「オッケー」
 楽しみにしてろよ。
 そう言う良幸に、神奈は笑って頷いた。


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