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 受験生にはクリスマスもお正月もない、とは言うけれど、やっぱり適度な息抜きは必要だと思う。
 普段頑張ってない人が遊んだらだめだけど、一日のほとんどを受験勉強に使ってるんだから、数時間くらいいいでしょ?
「よーし、チキンは焼けたわ。あなた、サラダはどう?」
「盛りつけがもう少しで終わるよ。瑞穂、ケーキの方は?」
「後は上にフルーツを飾るだけ。あ、ビーフシチューがそろそろいい頃だと思うから見て?」
 良臣より一足早く帰ってきた瑞穂は、家族でクリスマスディナーに取りかかっていた。普段料理は志帆と瑞穂に任せっぱなしの誠吾だが、人並みに食べられるものを作る力はある。ただ、妻と娘がかなりの料理上手なので、自分しかいない時や特別な時にだけ手を出すようにしている。クリスマスは数少ないその特別な日だ。
 メニューは評判のパン屋さんで買ってきたバターロール、サラダ、チキンのハーブ焼き、パスタ、ビーフシチュー、ケーキだ。
 明日に残るかもしれないけれど、どうだろうか。量もそんなに多いわけではないし、良臣が食べきってしまうかもしれない。いつもは親子三人で過ごす時間だけれど、今年は良臣がいる。
「ただいまー。わ、すごいいいにおい」
 表情を緩ませて帰ってきた良臣は、まだ並べ途中のご馳走を見ていっそう破顔した。
「お、いいところに帰ってきたね。良臣君に仕事を一つ頼むよ。フルーツをケーキの上に並べて。クリスマスは男も必ず手を貸すのがうちのルールなんだ」
「へえ。おじさんは何を手伝ったんですか?」
「今日のサラダを担当したよ」
「え、全然見えない」
「誉め言葉として受け取っておくよ。さ、手を洗って」
 誠吾に促されるままに良臣は手を洗い、ケーキの傍に置いてあったボウルに手を伸ばした。中にはカット済みのイチゴと桃が入っている。
「どういうふうに飾れば?」
「いいよ、好きなようにしてくれれば。だってそこは君の担当だからね」
 全て任せると言われて良臣は戸惑ったらしい。それを感じ取った瑞穂はビーフシチューをよそいながら声を掛けた。
「口に入っちゃえば同じだから。でも、お願いするとしたら、どっかに偏ってるのだけは勘弁して」
「ああ、そういうことか」
 どうやら不必要に難しく考えすぎていたようだ。良臣は納得したようにイチゴと桃を円形に並べていった。その間にも、テーブルの上は整えられていく。
 全ての準備が終わると、ようやく四人はそれぞれの席に着いた。
「それじゃあいただきましょう。メリークリスマス!」
 志帆の声で三人が「メリークリスマス」と声を掛け合って、食事が始まった。
「パンだけはねー、買ってきたものなのよ。でも美味しいとこのだから」
 他のはうちで料理したものなの、と志帆が説明すると、良臣は感激したように目を細めた。
「すごいな。家でこういうのが作れるなんて思ってなかった」
「なかなかいけるでしょ?お母さんのチキンは本当に美味しいの」
「すげえ。今までのクリスマスで一番美味いかも」
「ふふ。ありがとう」
 和気あいあいと食事は進み、あっという間にテーブルの上は空になってしまった。瑞穂は残るかもしれないと考えた少し前の自分を思い出す。あんな心配、全然必要なかった。
 みんなで素早くテーブルの上を片づけ、リビングに移動する。
「あなた達にプレゼント。昨日のお留守番のお礼も兼ねてね」
「はい、どうぞ」
 誠吾から渡された箱は小さめで、瑞穂のものも良臣のものも同じものに見えた。開けてみると、出てきたのはいろいろなところで使えるギフト券だった。一万円分は大きい。
「いいんですか?」
 驚いたのは良臣で、志帆と誠吾はにこにこしながら頷いている。
「当たり前でしょ。今は良臣君もうちの子だし、なんてったって瑞穂の面倒をよーく見てもらってるしね。感謝の気持ちよ」
「春になったらいろいろ入り用だから、その足しになるものがいいかと思ったんだ。ま、別に今すぐ使ってくれても構わないけど」
「ありがとうございます。遠慮無くいただきます」
 なるほど、と瑞穂は思った。
 今までクリスマスのプレゼントは全部ちゃんとした物で、去年瑞穂がもらったのはバッグだった。今年も瑞穂が喜ぶものを考えるのは両親とも簡単なことだっただろう。でも良臣の方は悩んだに違いない。なにせ時計も財布もいいものを使っているし、実家がお金持ちだから物には困っていない。しかもこれと言った趣味もなく、かと言ってご馳走の後で食べ物を出すわけにもいかない。そうすると、自由に使えるお金が一番いいと、二人の間で意見がまとまったのだろう。だから、それに合わせて瑞穂のプレゼントもギフト券になった。
 今年も物だろうと思っていた身としてはほんの少しだけ拍子抜けしてしまったけれど、でもこういうのは悪くない。嬉しい気持ちに変わりはないし、必要な時まで大切にとっておこうと思う。
「あ、俺、母さんからプレゼント預かってるんです。持ってきますね」
 そう言って良臣はいったん自分の部屋に引っ込み、すぐにリビングに戻ってきた。三つの小さな箱を持っていて、包装紙に名前の書かれたシールが貼ってある。
「はい、おばさん、おじさん、瑞穂」
「まあ、玲子から?何かしら」
「俺ももらっていいのかな」
「いや、むしろそれ私の台詞じゃ」
 三人でがさごそ開けると、志帆にはピアス、誠吾にはネクタイピン、瑞穂にはネックレスが出てきた。
「どれも母さんのデザインなんだけど」
 自分の作ったものを人にあげるのはどうなんだろうと言いたそうにしているが、狩屋玲子デザインのブランドは最近働く女性達からの評価をぐいぐいと上げているらしい。この間、テレビのファッションコーナーでも紹介されていて、その値段は瑞穂のお小遣いじゃ簡単に手を出せない。
「あら、玲子ったら気を遣ってくれちゃって。私が贈ったストールじゃ割に合わないわね」
「俺、なかなかネクタイ使わないんだけどなあ」
「いいきっかけじゃない。打ち合わせの時だけじゃなくてもっと活用しなさいよ。クローゼットの中にずっと置かれてたらスーツが泣くわ」
「そうだなあ。少しは使わないとかな。それより、そのピアスいいじゃないか。つけようか」
 子どもの前でいちゃいちゃし始めた両親を、どことなく生温い目で見守っていた瑞穂は、これ以上見ていられないと良臣の方を向いた。
 空気はなんとなくあれだけど、プレゼントはすごく嬉しかった。小さなクローバーがトップについているペンダントは持っているだけでいいことがありそうな気がする。
「ありがとう。大事にしますっておばさんに伝えておいて」
「ん、メールしとく。おじさんとおばさんもすげー喜んでたって」
 良臣の声も心なしか棒読みめいている。気持ちは同じらしい。
 時々空気に困ることはあるけど、それでも両親の仲がいいのはいいことだと思う。
 瑞穂にとってはかけがえのない家族だ。
 それでも。
「ごめんね」
 小声で謝ると、良臣は首を振った。
「別に。いいんじゃないか」
「今更?」
「かも。何度見てもうちの親とは違いすぎて慣れないけど」
 でも悪くない、と良臣は言った。
 良かった、と思いながら瑞穂は「あ」と声を出す。
「私からのプレゼントはご馳走だからね。何もなかったわけじゃないよ」
「ん、ごちそうさま。寧ろ俺は何も用意してないし」
「いいよ。おばさんからもらったし」
「俺、全く関わってないんだけど。でも、ま、お前がそう言うならいいか」
「いいのいいの」
 いつもいろいろしてもらってるのに、これ以上気を遣ってもらわなくても。
 普通なら自分のことだけで手一杯なのが受験生。良臣だって瑞穂と変わらない立場なのに。
「狩屋、いつもありがとね」
 自然に出てきたとはいえ、やっぱり照れくさかった。
 良臣は驚いた顔をしたが、それを意地の悪い笑みに変えた。
「バーカ」
 顔とは違って優しい声。
 こんな良臣が自分を引っ張っていってくれていることを、初めて幸せだと思った。 
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