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  64  

 その日は、朝からちょっとした騒ぎになった。
「おはよー」
「おは……よう?」
 昇降口で会った友人やクラスメートは馬鹿みたいに口を開けて固まった。この辺では有数の進学校に通う生徒とは到底思えないような表情だ。そこからの反応は人様々。声を上げる人もいれば、ただただ魂が抜けたように見ている人もいる。中には走り出していち早くニュースを伝えにいく人もいる。
 話しかけてくる友人達に軽い対応をしながら瑞穂が教室に辿り着く頃には、学年の半分近くに話が伝わっていて、階段を上がってきた瑞穂を一目見るべくほとんどの三年の意識が廊下に向けられていた。
 今までこんなに注目を浴びたことがあっただろうか。
 好奇心と驚きでいっぱいの中を苦笑して歩くしかない。
 教室に近づくにつれ、ざわめきが大きくなっていく。そして、五組に入ると。
「えーーーーー!?」
「あーーーーー!?」
「おーーーーー!?」
 これまでで一番大きな反応――最早絶叫だ――に包まれ、流石の瑞穂も耳を塞いだ。
「ちょっと鼓膜が破れるって!」
 トーンダウンして、と手を振れば、ひとまず叫びは収まった。
 流石体育会系。無駄にいい反応をしてくれる。
 あんぐりと口を開いた茜と目が合う。うん、こっちもいい反応だ。通販番組でも通用するんじゃないか。つい場違いなことを考える。
 いかにも聞きたそうな顔をしている茜に応えてあげようと思いきや、別の女子達に囲まれる。
「倉橋さん、思い切ったねー!!」
「一体どうしちゃったの!?長い髪、キレイだったのに」
「でもこれはこれでいいよねー。倉橋さんはロングストレートってイメージだったから意外ー」
「ねえねえ、なんかあった?」
 好奇心旺盛な女子には敵わない。ふと見れば、5組の廊下にも騒ぎを聞きつけた興味津々の面々が集まっている。その中に光二と宏樹の姿もあった。
 まったく、これくらいのことで。
 瑞穂はそう思うけれど、ちょっとした注目を集めることも想像はしていた。想像以上の事態になっていることにびっくりしてしまったけれど、どうせこれも一時的なものだ。
 昨日、瑞穂は学校帰りに髪を切ってきた。腰まであった髪は肩に触れないくらい短くなった。担当の美容師がはりきって仕上げただけあって、既に瑞穂のお気に入りだ。
 良臣を含めた家族にはあらかじめ知らせてあったからか、割と常識的な反応だった。
『あら、なかなかいいじゃない。似合ってるわよ』
『前とは違った大人っぽさだな。よし、記念に一枚撮るか』
 何故かプロである誠吾によるミニ撮影会に持ち込まれたが、珍しいことでもないので悪い気はしなかった。
 倉橋家で一番最後に帰ってきた良臣は一瞬止まったが、数秒眺めると食卓についた。
『見られるようにしてもらって良かったな』
 その失礼な言い方に、小突きを一つお見舞いしてやった。家ではその程度だ。
 それに比べて学校は、誰にも言ってなかったこともあってか、反応が大き過ぎる。たかが髪、と言っても大きな変化には違いない。恐らく皆の頭の中ではいろいろなドラマが渦巻いていることだろう。
 それを訂正すべく、瑞穂は笑顔を作った。
「気分転換だよ。長いのって面倒くさいし、ちょっと飽きてたんだよね。だから思い切ってみた。ついでに、センターの申し込みも始まったから、気合い入れる意味でもさくっとね」
「なんて男前な!」
「いやちょっと待って!女なんですけど!」
 飛んできた声に即座に言い返すと、一気に場が盛り上がる。それに乗じて茜も輪の中に入りこむ。
「いやー、本当にびっくりしたわ。先に伝令来てたけど半信半疑だったもん。一瞬心臓止まったかと思った」
「みんな大げさすぎ。別に染めたりパーマかけたりしたわけじゃないのに」
「あたしみたいに?」
「うん。茜みたいに」
 目を合わせて笑い合う。
 周りがいろいろ騒いでいるけれどもう気にしない。
 似合うね、とたくさんの声を掛けてもらったことで瑞穂は十分満足していた。



 昼休み、食事が終わったばかりの瑞穂と茜のところに光二と宏樹がやってきた。二人とも瑞穂の髪については休み時間の内に声を掛けにきたが、見る度に慣れない顔をする。これはきっとしばらくの間、周りも同じだろう。
「お、丁度いいところに来たね。じゃあ、まずはあたしからいこうかな」
 上機嫌な笑顔を浮かべた茜が自分の荷物をがさごそと漁り、「じゃーん」と綺麗にラッピングされた袋を取り出した。
「ハッピバースデー!!みーずほ!!」
「おめでとう、瑞穂」
「おめっとさん」
 光二と宏樹も茜に比べると小振りのプレゼントを差し出した。瑞穂はそれを笑顔で受け取った。
「ありがとう、みんな」
 そう。今日、十月七日は瑞穂の誕生日だ。十八歳になったという実感はまだあまりないけれど、こんなふうに祝ってくれる友達がいるのが嬉しい。プレゼントがなくても、瑞穂が誕生日と知っている友人達は、短くなった髪を見るついでに「おめでとう」と声を掛けてくれている。午前中の休み時間には瑞穂の誕生日だと知った五組のみんなに手拍子つきで定番の歌を贈られた。あれは他のクラスの人達が「なんだなんだ?」と覗きにきたので少し恥ずかしかったけれど、悪い気はしない。それどころか恵まれているとすら思う。
「開けてっ」
 茜に急かされてパッケージを開く。出てきたプレゼントに瑞穂は思わず声を上げた。
「わあ」
 茜がくれたのはシルバーのフレームにラインストーンをちりばめたフォトフレーム。既に写真が入れられていて、瑞穂と茜が二人仲良く笑顔でピースをしていた。文化祭の時に撮ったやつだ。
「これさー、ラインストーン割と入ってるのにそんなにキラキラしてないでしょ。瑞穂が好きそうだと思ったんだよね。せっかくだからあたし達のなかよし写真も入れてみましたー」
 あたしってばナイス!と言わんばかりに茜が親指を立てる。瑞穂も親指をぐっと立てて気持ちを返した。
「最高だよ、茜。帰ったら早速飾るね」
「もっちろん。さて、男どものプレゼントは一体なんなのかなー?」
 うきうきとした顔で茜がせきたてる。瑞穂にもそれが移ってわくわくしながら光二の小さな紙袋を開いた。
「あー、可愛い」
 ビーズがたくさん使われて花を象っているストラップだ。薄いピンクを基調としていてとても優しい感じが瑞穂の好みにぴったりだ。瑞穂の白い携帯とも相性抜群に違いない。
「ありがとう、光二。これすごく気に入っちゃった。今つけちゃえ」
 瑞穂は携帯を取り出して、もらったばかりのストラップをさっと取り付ける。元からあるストラップは外さなくても違和感がないのが光二の隙の無さを感じさせる。でもあまりにしっくりくるから悪い気はしない。その裏にあるかもしれない感情には目をつぶり、茜に携帯を見せつける。
「ねー、いいでしょー」
 いつもの茜のような明るいノリでストラップを見せつける。茜はすかさず自分の携帯を持ち出した。ストラップをつけすぎてどちらが本体だかわからないような携帯だ。その中からラインストーンを使ったストラップをつまみ出す。
「いいもん。これ、慎也に買ってもらったばかりだから!」
 そう言って大事そうにストラップに触れる。慎也というのは茜の彼氏だ。
「でも瑞穂にすごく合ってる。さすが光二だわ。で、宏樹のは?」
 さすが、のところに強めのアクセントが乗せられたが瑞穂は促された通りに宏樹のプレゼントに手を伸ばした。宏樹のはやけに薄っぺらい。一体何かと紙袋を開いてみると、出てきたものに三人は無言になった。
 某ファーストフード店の割引チケット、某コンビニの応募キャンペーンシールを途中まで集めた台紙、某薬局の抽選会補助券三枚。
 三人の視線はこれらの紙から宏樹に移る。その間も無言だ。責める顔でいるのは茜くらいのもので、瑞穂は唖然、光二は不憫な顔で宏樹を見ていたが、流石に宏樹もこれには耐えられなかった。
「……いや、金なくてさ。気持ちだけでもと思ったんだけど」
 悪いなと頭を掻く仕草がまたなんとも言えない。
「だからって、これはどうよ」
 割引チケットは新聞の折り込みチラシで、キャンペーンシールもあと一行分足りないし、抽選会補助券も同様にあと二枚必要だった。
 驚きのあまり思考が停止していた瑞穂だったが、プレゼントを眺める内に面白くなって吹き出した。
「うん、これはこれでアリでしょ。宏樹限定でさ。ありがたくもらっとく。取り敢えず、キャンペーンの方はまだ日があるし、ちょっと買って応募させてもらうね」
「えー、瑞穂これ許しちゃだめだよー」
「いいって。かっかしないでよ。みんなありがとね。いい誕生日になったよ」
 助かったと安堵している宏樹にだけにやりとして、すぐに素直な笑顔に戻す。首筋に当たる毛先の感覚に新鮮さを感じながら、瑞穂は茜と宏樹のプレゼントを袋に入れ直した。



 いい誕生日だな。
 そう思っていたのに、一日の終わりにきて雲行きが怪しくなった。塾の帰り、いつもなら雑談をしながら一緒に帰る良臣が今日に限って無口だ。瑞穂が話しかけても何も言わない。どうやら機嫌が悪いようだと気づいたのは駅に近づいてからだった。
 駅で電車を待ちながら心当たりを探ってみるが思い当たらない。あるとすれば、良臣が気に入っていたらしい髪をばっさり切ったことだ。でもそれについては昨夜と今朝は特に何も起こらなかった。普通だった筈だ。ついさっき、コンビニで顔を合わせるまでは。朝、家で話をしてそれっきり。ということは、原因は瑞穂以外しか考えられない。そう思うのに、どうにも自信が持てない。傍にいる瑞穂に良臣のピリピリした空気が突き刺さっているんじゃないかと思うくらいの不機嫌っぷりだ。これが瑞穂のせいだったら納得できる。でも全く無関係だったとしたら、酷いとばっちりだ。かといってそれを確かめる気にもなれない。  
 考えた結果、瑞穂は良臣の機嫌が直るまで放っておくことにした。更にその結果、その日は結局良臣と話すことなく一日を終えることになり。
「なんか中途半端な誕生日だったな……」
 机の上に飾った写真を見て、その近くに置いた携帯のストラップを見て、ボードに止めた応募用紙と見つめ合い。これ以上気にしてもしょうがないと瑞穂は電気を消して布団を被った。
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