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  58  

 瑞穂と良臣がそれぞれ疑惑をかけられた夜、二人は良臣の部屋で途方に暮れていた。
 今日は瑞穂の方が塾のない日だった為、学校から帰った後もひたすら考えていたが打開策は何も見つからなかった。良臣も珍しく頭を悩ませている。
「どっちもどっちで厄介だな」
 瑞穂と光二の間にあったことは瑞穂からのメールで既に知っていた。それぞれ直接相手にしている人物は違えど密接に繋がっているから別々に考えることはできない。
「光二はそれでももうちょっともつと思うよ。しばらくは膠着状態かな。かなり疑ってきそうではあるんだけど」
「それは面倒が後になっただけだろ。でもそうすると先に坂本の方をなんとかしないとな」
 優先順位を確かめて瑞穂は頷く。
「坂本は考え方次第では楽な相手になるかもしれない」
「どういうこと?」
「あいつ、俺んちの事情をちょっと知ってるんだ。だから家に関わることなら絶対に口外しない。最悪、事実を話してもあいつなら黙っててくれる。俺の方に何か言ったりはするかもしれないけど、周りにうっかり漏らすようなことはしないな。そこは信頼できる」
 そうだったのかと瑞穂は目を丸くした。
 良臣に信用されていると言うなら瑞穂も宏樹のことは信用できる。
「でも、事実を話さなきゃいけないと思う?」
「話したくはないけどな。ただ、そうした方がいいこともある。でもまずは他の手が通用するかを考えないとな。瑞穂、お前の案は?」
 意見を求められた瑞穂は苦い顔で首を振る。
「無理。狩屋に食ってかかる宏樹を納得させられる方法なんて思いつかない。どうせ友達って言っても納得しないでしょ?」
「絶対無理だな。それで片づくなら俺がとっくにやってる」
 即座に切り捨てられたところで瑞穂はけろっとしていた。それこそ今更の話だ。
「で、狩屋はもう考えてあるんでしょ?」
「お前な……俺に全部丸投げするなよ」
「私だって考えたよ。でも全然ダメなんだもの。そしたらもう狩屋を頼るしかないじゃない」
 しれっと答えるが、それは良臣を信頼しているからだ。良臣の選択ならば間違いない。瑞穂はすっかりそう思っていた。
 全面的に頼られていることに悪い気はしない良臣はそれ以上言及せずに机に肩肘を置いたまま床に座る瑞穂を見下ろした。
「時期が悪すぎるんだ。これが3学期なら『友達だ』の一言で突っぱねる。ほとんど学校がないからできるんだけど、今はまだだめだ。坂本は食い下がってくる。あいつ結構しつこいからな。でも事実を話したくないとなると――」
 良臣が意味ありげな視線を瑞穂に送る。勿体ぶる良臣に瑞穂はじれったくなり身を乗り出した。
「なると?」
 続きを促すと良臣は額に指を当てながら息を吐き出した。
「ある程度向こうの希望に添ってやる、あたりか」
「どういうこと?」
 瑞穂には意味がわからない。しかしそれが喜ばしくない内容であることは薄々感じ取られて自然と眉間に皺が寄る。それは良臣が続けた言葉により更に深くなった。
「俺とお前がそういう仲だってことにするとか、俺がお前に気があるとか、その辺だろうな」
「……勘弁してちょうだい、本当に」
 嫌だ!と声を大にして叫びたいところだったけれどそんなことをしたら両親に怒られる。そしたら秘密会議どころではない。それに何よりも良臣の方もそんなの冗談じゃないという気持ちがそのまま顔に表れている。今、二人の気持ちは完全に一つだ。こんな場面で一致したところでどうにもならないが。
「俺もそれは却下。大体、そうしたらその後が大変だろうが。お前の方もまずいんじゃないの?」
 暗に光二のことを振られて瑞穂は肩を竦めた。
「まずいと言うよりは面倒くさいかなあ」
 確かに光二との間に一騒動起きそうだ。けれどもそれ以上につきあっている擬態なんてできっこない。第一良臣とそういう仲だという話が広まった後がまた大変そうだ。時期が時期だからそこまで酷くはないだろうけれど注目を集めるのは避けられない。
「受験生の精神衛生上、良くないことの方が問題だよね」
「だな」
 良臣の冷静な声が再び却下を告げるが瑞穂は全く安心できない。
 それでは良臣の考えは一体どうなるのか。それを聞くまでは落ち着かない。
「……で、狩屋」
 そろそろ教えて欲しいと目で訴えると良臣は珍しく困った顔をした。まさか、と嫌な予感が瑞穂の脳裏を過ぎる。良臣は椅子から離れ瑞穂の前であぐらをかいた。
「俺には誤魔化す方法が見つからない」
「え」
「色々考えた。でもどうしてもうまくいく方法がなかった」
「ど、どうするの!?」
 瑞穂は思わず良臣の腕を掴んだ。良臣はその手を冷静にはがす。
「坂本と中西は別々に対処するしかないと思う。坂本には本当のことを話そう。で、こっち側に引き入れよう」
「引き入れる?」
「ああ。中西には話さない。そっちはあくまで友達で通す。坂本には中西に気づかれないように動いてもらう」
 それが良臣の答えだ。
 良臣が最善だと思う方法がそれならそうするしかない。けれどもこの半年ひたすら隠してきたことをこんなタイミングで友人に打ち明けることに瑞穂は少なからず抵抗を感じた。
 良臣は平気なのか。いや、それ以前に。
「知られるとまずいんじゃないの?」
 この家で最初に顔を合わせた日に良臣が言ったことを思い出す。他の人には一緒に住んでいることを言わない。それを良臣自ら破っていいのだろうか。
 心配する瑞穂だったが、良臣は逆に開き直る。
「協力者なら一人、二人いてもいい。守秘義務を絶対に守れるやつ限定で。お前の方でも伝えたいやつがいれば話した方がいいかもしれない。どうだ?」
 事実を話したい人、と言われてすぐに浮かんだのは茜の顔だった。必然的に光二と宏樹の存在も出てきたが、宏樹は良臣が話した方がいいと判断した人間だ。残った光二には即座にバツをつけた。だめだ。ややこしくなる予感しかしない。それならまだ瑞穂と良臣がつきあっていると勘違いされる方がましかもしれない。最近の光二を見ているとどうしてもそう考えてしまう。
 やっぱり、ここは茜一人だ。
「茜――いつも一緒にいる友達にだけ、話したいかな」
「お前といつもつるんでる、ちっこいパーマの?」
「ちょっと、その言い方。いや、合ってるけど」
 もう少しソフトな表現はできないものか。けれども今はそんなことで言い合ってる場合じゃない。
「茜ならきっとわかってくれる。他の人にも言わないよ。茜一人だけだと負担になっちゃうかもしれないけど宏樹にも話すならきっと大丈夫。宏樹と協力して光二との接し方考えてくれると思うし」
「お前が本当に大丈夫だと思うならいいよ。――ところで」
 話しかけた良臣だったが言いづらそうに視線を逸らした。瑞穂は何かと首を傾げる。良臣の様子を見て、話をやめるかとも思ったが、躊躇いながら投げかけられた内容に瑞穂は軽く目を瞠った。
「中西のこと、聞きたい。お前が今どれくらい困ってるのか。あいつだけ本当のことを言わない方がいいと思った理由も。これからの為にもちゃんと教えて欲しい」
 苦い気持ちが広がるのと同時に、微かなくすぐったさを感じる。
 良臣に気を遣われるのは変な感じだ。いろいろな場面で少しずつ優しさも受けているのに、こういう過度な配慮はあまりにもらしくない。けれども決して嫌ではなかった。
 考えてみれば良臣には光二とのことは簡単にしか話していなかった。
 当たり前だ。ちゃんとした話は瑞穂と光二、それから茜と宏樹くらいしか知らない。
 少し前だったら良臣に話そうとは思わなかった。けれども、今なら話してもいい。
「つまらない話だよ。途中で飽きたら止めてね」
 瑞穂は近くにあったクッションを抱えてベッドの側面を背もたれにして寄りかかった。敢えて良臣から視線を外し、天井を仰ぐ。
 そして静かに語り始めた。
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