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  56  

 家に戻った瑞穂は問答無用でベッドに寝かされていた。
 帰宅後、すぐに一眠りした。目覚めた時には3時を過ぎていた。そこから再び眠る気にもなれず、かといって起き上がることもできずにベッドの上をごろごろしている。せめて本を読んだりテレビを見たりしたいが、それは厳しく禁じられてしまった。他でもない良臣によって。
 机側に寝転がれば、瑞穂の机を占拠している良臣の顔が見える。瑞穂が寝ている間に勉強道具を持ち込んだらしい。瑞穂の目覚めに気づいた良臣は辛辣な口調で告げた。
 用もなく起き上がったりするんじゃないぞ。とっとと寝ろ。今日は絶対に家のことさせないから。
 俺は見張りだと良臣は言った。わざわざ瑞穂の部屋の中にまで入ってきたのは一切の動きを封じる為らしい。おかげで瑞穂はベッドの上から動けない。
 小腹がすいたと言えば良臣がコンビニで買ってきた菓子を渡され、水分を取りたいとキッチンまで行けば寄り道をしていないかと目を光らせて見張っている。どれだけ信用がないのかとため息もつきたくなるが、学校で倒れるという失態を起こした瑞穂としては今回だけは逆らえない。
 ぼんやりと良臣を眺めていると、自分の机にT大攻略の問題集が置かれているのがとてつもなくアンバランスで妙な気分になる。一生縁がないと思っていたのに、まさかこんな機会があるなんて。瑞穂は不意に良臣が早退してきたことを思い出す。良臣がそんなことをするなんて驚きだ。けれど、それだけ良臣を心配させてしまったと嫌でも伝わってくる。そうとなれば瑞穂はもう大人しくするしかない。せめて、良臣の勉強の邪魔をしないように。けれども、瑞穂がそう考えているのを知らない良臣はペンを置いた。
「そろそろ休憩するか」
 そう呟いて瑞穂の方を見た良臣はベッドの下に座り込んだ。それでも良臣の顔の方が高い。
「顔色は良くなったな」
「まあね。ちゃんと寝たし、食べるものも食べてるし。明日は大丈夫」
「これを教訓に生活のリズムをちゃんと作れよ」
「え、あ、うん」
「なんだよ、その歯切れの悪さは」
「……だって、もっともっと勉強しないとセンターに間に合わないし」
 できるだけいい状態で試験を迎えたい。二次試験である程度点数が取れてもセンター試験の結果が悪かったら落ちる。2つの試験の足し算で決まるというのはそういうことだ。もうあと4ヶ月もない。焦るのは当然だ。
「バカか」
「いたっ」
 良臣が瑞穂の頭を小突いた。さっきまでとことん病人扱いしていた人間に対する仕打ちかと眉を顰めるが良臣には全く効かない。
「無理しすぎたって頭には入らねーっての。俺はお前の頭の容量考えながら確実に力つけられるように見てやってるんだからお前は俺の言う通りにやってりゃいいんだよ。言っとくけどな、勉強の仕方についてはお前より俺の方がよっぽど詳しいんだから。騙されたと思って信じろ。それともお前は俺が信じられないと?」
「え、いや、そんなことは」
 良臣に勉強の仕方のことを言われたら身も蓋もない。どう考えても瑞穂に分はない。瑞穂と良臣は違うなんて言い訳もできない。現に、瑞穂は良臣に勉強を見てもらって模試の点数が上がってきている。それは他でもない良臣のやり方が瑞穂に合っているからだ。それにプラスして量を増やそうとした結果がこれだ。良臣に迷惑をかけた。いろいろな人に心配もかけた。そこにきて、良臣のこの言葉だ。こんなことを言われたらもう頷くしかない。
「とにかく、夜は俺と勉強したらその後はもうするな。そこは絶対に守れ」
「うん、わかった」
 瑞穂が返事をすると良臣が小さく笑った。つられて瑞穂も口元を緩める。心地良い雰囲気が部屋を包み込んだが、ピンポーンという音が良臣の眉を動かした。
「なんだよ。セールスかな。セールスじゃなくても出ないけど、一応見てくる」
 良臣が腰を上げる。瑞穂はそれを黙って見送った。
 良臣はすぐに帰ってきた。セールスだったらきっと良臣の顔が不機嫌になっているに違いないと思っていた瑞穂は思いの外硬い表情に戸惑う。一瞬、良臣の兄の孝臣を想像したが平日の夕方に訪れてくることはないだろう。
「セールスだった?」
 再度鳴らされるインターホンの中、瑞穂は良臣に尋ねた。良臣は神妙な顔でベッドサイドに腰を下ろす。
「いや。……ちょっとまずいかもな」
「え?」
「お前、体調はもうほとんど大丈夫だよな」
「うん。さっきも言ったよね」
 どうして同じことを聞くのかと不思議に思う瑞穂に良臣は告げた。
「2組の中西だった」
「――――え?」
 瑞穂は自分の耳を疑った。2組の中西、つまり光二がどうしてここに来るのか。家の場所は誰にも教えてない。もちろん住所だって。それなのにどうして光二は家までやってきたのだろう。
「私、言ってない」
「わかってるよ、んなこと。多分、先生にでも聞いたんじゃないか?見舞いに行くとか言って」
 ピンポーン、とまたベルが鳴る。瑞穂は体温が下がっていくような感覚に襲われた。
 連絡は入っていないかと携帯電話を開くが、来ていたメールは茜と宏樹、それから他にもクラスメートから数人。勿論光二のメールもあったが、家を訪ねるとは何も書かれていなかった。
「本当に光二なの?」
「信じられないなら確かめてこいよ。その方が早い」
 良臣がそんなことで嘘を言うとは思えない。けれども、嘘であって欲しいと願いながら瑞穂はベッドから降りた。リビングでモニター越しに見えたのは本当に光二だった。不安そうな顔で立っている。けれども何度インターホンを鳴らしても反応がないことに諦めたのか、玄関の前から姿を消した。瑞穂は思わずその場に座り込む。
「……なんで」
「心配だったんだろ、お前のことが」
 良臣の言う通りだ。それしか考えられない。けれど、だからと言って勝手に人の家の住所を聞き出して前触れもなく訪ねてくるのはやりすぎだ。今日だけならまだいい。けれども、この先光二が訪ねて来ないという確証なんてどこにもない。もし、良臣と一緒に暮らしていることがばれたら?考えただけで恐ろしい。
「どうしよう」
「取り敢えず、お前から釘を刺すしかないだろ。勿論、今日ここに来たっていう話が出た後で」
「うん。でも、うまく言えるかな……」
 瑞穂には自信がない。友達なのにどうしてと言われたらどう返していいかわからない。その前に勝手な行動を咎めて機嫌を損ねれば少しの間は効果があるだろうけれど。不安になる瑞穂に良臣が手を差し伸べた。瑞穂はその手を取る。良臣に引っ張られて瑞穂は立ち上がった。
「困ったら俺に言え。俺も何とかできるかその時になってみないとわからないけど。でも俺がここにいるのは俺の事情だしな。お前に全部背負わせるつもりはないから。抱えるなよ」
「……そうする」
 答えながら瑞穂は今日保健室で会った光二を思い出す。何か言いたそうにしていた。あれはなんだったのか。ここにはその話をしにきたのだろうか。
 夏休みに逃げていたつけがきたのかもしれない。瑞穂は深いため息をついた。
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