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 昼間はまだ暑さが残るが夕方になると涼しさを感じるようになってきた。もうすぐ9月が終わる。
 瑞穂は風呂上がり、いつものように髪を乾かしていた。完全に乾くまでに30〜40分も時間をかけなければならないのが最近は煩わしくなってきた。
 時間が勿体ないから目の前に英語の構文集を置いてながら勉強もしている。日によって英単語帳、古語単語帳、世界史の年表、生物の図説など対象は変わるが、長々と眺めていてもさほど多くのことは頭に入ってこない。良臣のスパルタ学習のお陰で自分には暗記よりも問題を解きながら勉強する方が合っていることもわかってきた。それを思うと余計意味のない行為のように感じられるのだが、例え3個くらいでも単語が覚えられるのならばと悪足掻きをしている。
 いっそ切ってしまおうか。
 最近そんなことをよく考える。けれども踏ん切りがつかないまま本格的な秋を迎えようとしている。切るなら冬の前だ。
 もう髪を伸ばす理由は特にない。切りたい理由は増えていく。
 3年以上伸ばしている。つまり、この髪には瑞穂のそれだけの年月が詰まっている。それを思うと寂しさも湧いてくる。けれどこの3年のことを振り返ってみると、あまりいい思い出もない。特に最初の方は。
 髪を伸ばし始めたのはテニスから離れる為の1つの方法だった。短い髪でコートを走り回っていた日々を忘れたくて違う自分を作ろうとした。その延長だと思うとなんとも皮肉だ。この長さの半分以上は瑞穂の「逃げ」の象徴だ。
 テニスとはしっかり向き合うことができた。今は受験で必死になっている。これだけは逃げるわけにはいかない。ただ、1つ逃げていることがあるとすればそれは光二のことだ。最近は落ち着いているが、受験でいろいろなことに敏感になっている瑞穂としてはいつまた光二に過敏反応してしまうかわからない。それも怖いし、それが瑞穂の単なる思い違いでなかった時がまた怖い。光二のことは大切な友達だ。大事にしたい。そう思ってきた。だからその関係を続けていきたい。
 そんなことを考えている間に髪は乾いた。全体を触って確かめる。大丈夫だ。時計を見ると40分が経過していた。やっぱり時間のかけ過ぎだ。
 あと2時間くらい勉強したら寝よう。瑞穂はドライヤーを片づけてテキストを広げた。



 朝起きると目覚ましを設定していた時間はとっくに過ぎていた。今から急いで支度をしてギリギリ遅刻しない程度の時間だ。
 慌てて身支度を調え、キッチンに寄る。
「あら、もしかして今まで寝てたの?」
 志帆が驚きながら尋ねてくる。瑞穂は「うっかり」と答えて簡単につまめるおかずだけを口に放り込んだ。そのまま弁当を持ってキッチンを出て行く。玄関では丁度良臣が出ようとしているところだった。
「やけに遅いな」
「寝坊したっ。でも狩屋が出てく時間なら大丈夫だよね」
「俺、お前より速く歩くけど」
「わかった、走る!じゃあ行ってきまーす!」
 通院ならともかく寝坊の遅刻は恥ずかしい。瑞穂は一目散に飛び出した。その後ろ姿を良臣は肩を竦めて見送る。
「俺も行ってきます」
 行儀良く告げると「行ってらっしゃい」と志帆ののんびりした声が返ってくる。それを聞き届けて良臣は玄関を閉めた。



 結局、あれだけ急いだにも関わらずに学校に着いたのはほとんど良臣と変わらない時間だった。瑞穂は途中で走ったものの疲れてしまい、早歩きと軽いマラソンを交互に行っていたところ、昇降口に着く頃には後ろの方に良臣の姿があったというわけだ。
 朝からそんな一日だった為に、一日通して何をするにも体がだるかった。しかも今日は塾があったから更に大変だった。瑞穂は今、塾から帰った後の良臣との勉強を終え、更に入浴を済ませたところだった。濡れた頭をバスタオルで包みながら英語の長文を睨めっこをする。
 今日はこの問題を解いたら寝よう。ドライヤーは問題を解いた後でいいだろう。
 そう考えて問題に取りかかった瑞穂だったが、結局、勢いで別の問題にも手を出してしまい、気づいた時には朝を迎えていた。
 部屋の中に朝の光が差し込んでいるのを見て驚く。
 窓際に寄れば、辺りが大分明るくなっているのを知る。うっかり一晩明かしてしまったことを自覚した瞬間、眠気と疲労が襲ってきた。フラフラするのは睡眠を取らなかったせいだろう。だからと言って今から寝るわけにはいかない。そろそろ志帆や誠吾も起きてくる時間だ。
 瑞穂は着替えようと制服に手をかける。そこで小さなくしゃみをして、昨晩はドライヤーを使わなかったことに思い当たる。今日は一枚余分に着た方がいいかもしれない。瑞穂はクローゼットを開いて薄手のカーディガンを取り出した。



 学校に着いても瑞穂は酷い寝不足に悩まされていた。
 朝食は食欲が湧かなくてほとんど残してしまった。そんな時に体育があったものだからたまらない。よりにもよってマラソンだったのがまた悪かった。輪を掛けて調子が悪くなった瑞穂は傍目から見ても危ない足取りで茜と教室に戻る途中だった。
「ちょっと瑞穂、保健室行った方がよくない?」
「寝不足ですーって?怒られるよ、そんなの」
「絶対寝不足だけじゃないって。なんかボーッとしてるし。顔色悪いし。第一フラフラし過ぎ。危なっかしくて見てらんない。ね、行こうよ」
 茜が瑞穂の腕を取る。瑞穂は笑ってそれを外した。いつもより力が入らないのを感じながら階段を上がっていく。
 マラソンをしたから体温が上がっていいはずなのに、妙にひんやりしている自分の体が気持ち悪い。血の気がないとはこういう状態だろうかと気が遠くなりそうなのを抑えながら歩く。隣で茜がいろいろ言っているがほとんど頭に入ってこない。
 早く席につきたい。次の授業が始まるまで机に伏せていたい。そしたら少しは良くなるだろうか。
 3年生の階の廊下に入ったところで、ふっと意識が遠くなった。
 あ、まずい。
 遠くで誰かが名前を呼んだ。
 そこで瑞穂の意識は途切れた。
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