days

モドル | ススム | モクジ

  53  

「お前んとこの白井先生の話したらすげーうけたっけ」
 昼食の時間に宏樹が昨日瑞穂達と帰りにカフェに寄った話を良臣にしてきた。息抜きらしいが、白井の話じゃ息抜きにならないと良臣は無愛想な顔を隠そうともしない。
「お前、自分がその場にいたら絶対笑えないぞ」
「そりゃまあそうだろうな。でも俺達、そのクラスじゃないしT大目指すわけでもないし。そうそう、またなんかネタあったら教えてくれよ。肩凝る時期だしさー、やっぱ笑いが欲しいぜ」
「だから俺にしてみれば笑えないって」
 人の災難を笑うとはなんて奴だと文句を言えば宏樹は笑うばかりだ。
「しっかしお前の弁当って美味そうだよな」
「まあな」
 宏樹の目は良臣の弁当箱の中身に向けられている。ほとんど食べてしまったがまだ野菜の肉巻きと煮物が残っている。どちらも昨日瑞穂が夜食として作っていたものだ。冷めてもしっかり食べられるあたり大したものだと思う。
「俺んちなんて冷凍食品ばかりだからさ。でも昼飯買うような金もないし、しょうがないけど」
「冷凍食品でも作ってもらってるんだからもっとありがたれよ。文句をつけるなら自分で作ればいいだろ」
「無理。俺、料理しようとすると人の倍時間かかるんだよな。だから調理実習ではいつも雑用係」
「じゃあ我慢しろ。ガタガタ言うな」
 良臣がぴしゃりと言えば宏樹は面白そうに笑った。宏樹の基本的に何でも笑い飛ばせるところは嫌いじゃない。けれども時々反応を間違えているようにも思う。それでもいちいち言う程のことではない。
 良臣と宏樹はほぼ同じタイミングで弁当を食べ終えた。他愛のない雑談をしていると、宏樹が思い出したように「あ」と声を上げた。
「いっけね、平島に借りたCD返しに行かないとだ。ちょっと行ってくるわ」
「おう」
 宏樹はバッグからビニールの袋を取り出すと慌ただしく教室を出て行った。良臣はその背中を見送ると塾のテキストを取り出した。今日の予習でまだ終わっていないところがある。残りの時間で解けるだろうと筆記用具を手に取った。



 瑞穂が茜と向かい合ってお弁当を食べていると宏樹がやってきた。
「食事中悪い。平島に借りたCD返しにきた」
「あ、待ってたよ。帰りまでに来なかったら取り立てに行くつもりだったんだ」
「サンキュ。平島の言う通り5曲目がすげー良かった。俺iPodに入れて朝から聴きながら学校来た」
「いいねー。見事にはまってくれたか。またいいのあったら教えるよ」
 自分が勧めた曲が気に入られたことで機嫌を良くした茜は満面の笑顔でCDを受け取る。瑞穂の好みではない為、瑞穂とは熱く語り合えないと茜が残念がっていたグループだ。宏樹が気に入ったのなら茜はその話題を楽しめる人が増えて嬉しいのだろう。良かったと素直な感想を抱きながら瑞穂は卵焼きを口に運ぶ。
 次々とおかずを食べていると、ふと視線を感じた。顔を上げると宏樹が神妙な顔で瑞穂の弁当箱を見ていた。
「なに、どうしたの?宏樹」
「いや、毎度ながら倉橋の弁当はすごいなと思って」
「……の割にはなんか顔が硬くない?」
「んー、俺んち冷凍食品ばかりだからそれと比べたらつい。ところでそれ、誰が作ってんの?」
 宏樹とは以前にも同じような話をした気がするのにと思いながら瑞穂は正直に答える。
「昨日私が作った残り物と、今朝お母さんが作ったやつと。大体いつも半々くらいで入ってるかな。あ、でも時々冷凍食品も使うよ。忙しい時とか」
「ふーん。でも滅多にないんだろ?やっぱりすごいな。それじゃ俺、戻るから」
 宏樹は最後まで複雑な表情を浮かべたまま自分の教室に帰って行った。
「なんだろうね、宏樹。そんなに差がショックだったのかな」
「茜、それは今更じゃない?でもなんか変だったね」
 瑞穂と茜は顔を見合わせて首を傾げたが答えは得られなかった。



 良臣が今日の塾の予習を素早く終わらせたところで宏樹が帰ってきた。昼休み中は戻らないかと思っていたので意外だったが、その顔に明るさが微塵もないことに驚いた。CDを返すだけで一悶着あったのだろうか。
「早かったな」
「まあな」
 宏樹はすっかり慣れた動作で良臣の前の椅子に座る。そして何かを見定めるようにじっと良臣の顔を見つめてきた。見つめると言うよりは凝視すると言った方が正しいかもしれない。そのただならぬ様子に良臣は眉根を寄せる。
「なんだよ、一体」
「……それはこっちのセリフだっての」
「は?」
「お前、なんか隠してない?」
「なんのことだよ」
 全くわからないという素振りを装っているが、良臣には当然心当たりがある。倉橋家で生活していることだ。けれどもそれを自分から暴露するつもりはない。もし疑われたとしてもある程度までは白を切る。そのつもりで構えると宏樹が自分でも信じられないという様子でぽつりと言った。
「倉橋とお前の弁当、同じ中身に見えたんだけど」
「弁当?」
 繰り返しながら良臣はそういうことかと考えを巡らせる。宏樹がCDを返しに行った時、瑞穂はまだ食事中だったのだろう。そこで宏樹は瑞穂の弁当の中身を見て気づいたに違いない。流石についさっきまで見ていたものは覚えていた。だから気になった。
 今、宏樹の頭の中でどんな疑念が渦巻いているのかと想像した良臣はそれだけで頭を抱えたくなった。きっと、良臣と瑞穂の関係を勘違いしている。いや、勘違いしかけている、くらいだろうか。真実が知られるよりはマシな誤解かもしれないが、放置していたら瑞穂が怒り出すだろう。それに良臣もその誤解は望ましくないと思う。
 宏樹の勘違いだと笑うことは簡単だ。だが、宏樹はきっとこの場で収めないだろう。長期化した場合、面倒なことになるのは必至だ。それなら、真実をある程度伝えておいた方がいい。但し、完全な真実ではない。
「……なるほど、気づかれたか」
 困ったな、という感情を敢えて大きく出すと宏樹が目を大きくした。しかし良臣はそこで宏樹の意見を聞くことはしない。
「俺、実は倉橋のおばさんに弁当用意してもらってるんだよ」
「……え?」
 良臣が少しだけ恥ずかしそうに告げると宏樹は気の抜けた声を出した。
「ほら、俺の母さんと倉橋のおばさんが仲いいってのは話したろ?俺の母さんが俺の食事について心配しててさ、弁当を頼んだんだよ。そしたらおばさんが引き受けてくれてさ。そういう事情なんだけど、言うなよ」
 良臣の家の事情をちらつかせれば狩屋夫婦の不和をある程度知っている宏樹は絶対に口外しない。半分脅しだとわかっていても良臣はこの手を使わずにはいられない。面倒なことになるのはごめんだし、何よりいざという時に大変なのは瑞穂の方だ。ただでさえ狩屋家の勝手に巻き込んでいるのにこれ以上そのことで瑞穂が何かを被るようなことがあってはならない。それだけは避けなければならないと思う。
 宏樹は困ったような怒ったような複雑な表情になりながら、それでも言わずにはいられなかったようで口を開いた。
「ってことは、お前、あいつの料理の腕をしっかり知ってるってことじゃないか」
 瑞穂の名前を出さないのは宏樹なりの気遣いだ。
「怒るなよ。でも俺にはどれがおばさんのでどれがそうじゃないかわからないんだから。まあ、全部美味いからいいんだけど」
「……なんかすげー騙された気分。もしかしてあいつとも結構話す?」
「最初は挨拶程度だったけどな。でも流石に俺が行き来するから普通に話はするよ。それだけだけど。……悪かったな。でもこっちにもいろいろ事情があるから」
「そりゃ、お前のせいじゃないかもしれないけどさ」
 宏樹は腑に落ちないと拗ね始める。良臣はそれを宥めながら、今夜瑞穂に話して辻褄合わせをしなければならないと考えていた。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) ring ring rhapsody All rights reserved.
  inserted by FC2 system