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 夏休み明け早々行われた学校の実力テストは採点が終わった教科から順次返された。その点数に思わず絶叫する者あり、ガッツポーズをする者あり。体育会系が多い5組ならではの反応に笑っていられる余裕もなく瑞穂も戻ってきた答案に一喜一憂した。
 昼休み、5組の廊下にいつもの4人が集まった。どうやら全クラス全教科が返ってきたらしい。
「聞いてよ、英語はすごく上がったのに生物赤点ってどういうこと!?プラマイゼロどころじゃないよ!もう信じられない!」
「ちょっと待てよ平島。英語はお前の得意科目で生物は苦手科目だろ。それ以前の問題じゃないか」
 つっこむ宏樹はいつもとほとんど変わらない点数だったという。全体的に平均点は前回のテストと似たり寄ったりだったというから問題の難度も高かったようだ。夏の間に力をつけたものが発揮されていれば点数が下がらない。そう考えればいいと言ったのはどの先生だったか。
「茜は生物アレルギーみたいなもんだからなあ。いっそ今から地学勉強したら?」
「光二、生物アレルギーじゃないよ。理科アレルギーだから!地学やったって無理だから!」
 軽い言葉を投げた光二に茜は物凄い勢いで言い返す。うわ、と光二が背を反らした。ついでに話を逸らすように瑞穂を見る。
「瑞穂は?この間国語が良かったってのは聞いたけど」
「うん。まあ、前回と同じような教科もあるし。でも幾つか上がってたのもあったから取り敢えず良かったかなって」
「それがさ、上がった教科って何だと思う?数学だよ。前より問題難しいのに数学の点数増えてるの。瑞穂がだよ?どれだけ勉強したんだっての。あー、あたしはもうダメだー」
 茜が頭を抱える。しかし光二も宏樹もそっちには無反応だった。
「良かったじゃないか、瑞穂」
「死ぬほど勉強してたんだな。尊敬するぜ、倉橋」
 2人の背景に花が見えたような気がして瑞穂は複雑な気持ちになる。確かに数学UBはかなり厳しかったけれど。それでも夏の間に良臣に猛特訓してもらった成果は出た。以前だったら手もつけられなかった問題で丸がついた。数学UBの部分だけで考えたらまだ半分しか出来ていなかったけれど、それでも瑞穂にしてみればとんでもない快挙だ。すぐに答案を持って報告に行きたいのに、良臣は月曜から帰省してしまっている。直接言うことはできないからとメールで報告すれば「俺のお陰だな」の一言だけ。良臣らしいが、あまりの素っ気なさに拍子抜けもした。顔を合わせて言ったならば、もっと違うことも言っただろうに。
「もうね、塾の先生捕まえて離さないくらいの勢いだったからさ。UB大っ嫌いだけど無理して良かった。でもまだ先は長いから」
 あまりここで喜んでばかりもいられない。浮かれている間に次のテストで酷い結果を見るのは嫌だから。瑞穂は今週末の塾で行われる模試に向けて気を引き締める。実際、良臣がいない状態で勉強をするのは結構苦痛だ。でも今週を我慢すれば模試の日の夜には良臣が戻ってくる。それまでの辛抱だ。
「瑞穂に負けてられないな」
 光二が感心したように言う。瑞穂は笑って同意した。
「そうだね。他のことにかまけてないでひたすら勉強づけじゃないと受からないから」
 2人で会ってる暇なんてないんだよ。
 そう含めた言葉は光二に届いたのか瑞穂にはわからなかった。



 夕飯の準備をしていて瑞穂は「あ」と小さな声を上げる。
 一足早い鍋物にしようと具材を切るところまでは良かった。ほとんどの食材を切り終わったところでふと気づく。
「狩屋の分も切っちゃった……」
 それも良臣の1人分は実質1.5人分や2人分だ。明日の朝はこのままだと他のおかずが要らないかもしれない。
 良臣が帰省してまだ3日目だが、瑞穂は3日連続で同じミスをしている。どうしてもいつもの癖で4人分の食事を用意してしまう。
 まだ両親が帰ってきていないことも相まって瑞穂の気が滅入る。どうして良臣がいないくらいのことで妙な気分にならなければならないのかと自分を責めてみても何の手応えもない。
「でもなんか変な感じなんだよね」
 月曜の朝は家族揃って朝食を取った。家族揃って――と言ったところで厳密には良臣と血縁関係はないがこの際気にしないでおく。5ヶ月一緒に暮らしてれば立派に身内だ。とにかく、月曜の朝はまだ家にいた。それから良臣は1回も返ってきていない。帰省しているから当たり前なのだがどうしても違和感がある。
 全く顔を見ないわけではない。学校で何回かすれ違った。挨拶もした。でもそれだけだ。月曜の塾の帰りはいつものように駅まで歩いた。でも方向が違うからそれぞれ違う電車に乗った。明日は瑞穂も塾の日だ。きっと月曜と同じようにして帰るんだろう。それぞれ違う方向へ。違う家へ。
 良臣は良臣の家に帰るだけだ。それなのにどうしてこんなにも胸が落ち着かないんだろう。
 なんとなく原因は分かっている。
 良臣がいることがすっかり当たり前になってしまったこと。それから、良臣の家族仲が良くないことを知ってしまったこと。
 どちらかと言うと後者から来る不安の方が大きい。両親の不仲、兄弟の不仲――良臣は今頃大丈夫だろうか?平気だろうか?倉橋家に戻ってきたいと思っているだろうか?
「いっそご飯だけでも食べにくればいいのに」
 そしたら自分が話を聞くのにと瑞穂はため息をつく。
 良臣が簡単に口を開くとも思えないが、その気になれば愚痴の一つでも漏らすだろう。ストレスの溜まる場所にいるよりもその方がよっぽどいい。
 明日の塾の後、少し様子を見てみよう。瑞穂は頷いて夕飯の準備を再開した。
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