days

モドル | ススム | モクジ

  40  

 瑞穂と良臣が川辺にたどりついた時には既に人で溢れていた。土手にはあちこちにシートが敷かれている。下の方には屋台も出ていて、特にかき氷の店には人が殺到しているのが見て取れた。浴衣を着ている同年代の女の子達を余所目に瑞穂は呟いた。
「なんか、同じ学校の人がいてもわからないね」
「暗くなってきたしな。花火が始まればもっとわからなくなるぞ。みんな上や自分の連れしか見なくなるからな」
 もしかしたら知り合いに会うかもしれないという瑞穂の不安を一蹴して良臣は土手の斜面を降り始める。
「なんか敷くもん持ってくればよかったな」
「いいよ。そのままで。ジーパンだし」
 うっかりスカートをはいてこなくてよかった。別に地面が湿っているわけでもない。そのまま座ったところで何も問題はなかった。やがて良臣が二人が座れる場所を見つけてそこに腰を下ろす。距離が近くなってしまうのは仕方ない。周りにも人がいる。暑さをできるだけ感じない距離を空けていたらそれこそ迷惑だ。それに、周りは知らない人達ばかりだからそっちにはできるだけ近づきたくない。良臣から離れない方がいい。
 良臣はコンビニで買ったパンやドリンクを取り出した。瑞穂は自分のものを渡され、パンの袋を開けた。かと思えば良臣は既に食べ始めている。パンを3つ買った良臣だがそれでも足りないだろう。炭水化物ばかりだとよくないから夜食は簡単にサラダだけでもいいかもしれない。
「今日の模試さ、お前古典満点じゃないか?」
「え、どうだろう。確かに簡単だったけど」
 お互いパンをかじりながらの会話になる。行儀が悪いと思いつつ、相手が良臣ならまあいいかと続けてしまう。
「でもさ、狩屋も満点なんでしょ」
「多分な。まあ、でも9教科満点じゃないからまだまだ勉強しないとな」
「別にそれ、二次の勉強すればいいんじゃない?」
「だからしてるだろ。でもやっぱり問題傾向があるからセンター対策も続けとかないと」
「そうだね」
 目標が違えばそれに向かう方法も違う。瑞穂は二次よりもセンター試験の方に苦しんでいる。間違っても二次の比率が低いというわけではないが、少なくとも今の段階では二次の筆記はB判定が出ている。だからこそセンター試験の点数をもっと取れるようにしないといけない。今日も帰ったら自己採点だ。気が重くなる。しかし周囲はそんな瑞穂の気持ちとは正反対だ。あちこちから聞こえてくる明るい会話。笑い声。もう少しで始まる花火に対する期待を含んだ空気は少しだけ瑞穂の心を柔らかくする。
 それにしても夜だっていうのにまだまだ暑い。寧ろ周りに人が増えてきている分、熱気は上がる一方だ。時々風が吹いてそれが少し心地良い。いっそ立った方が涼しいかとも思うけれど、移動するわけでもないのに立っていたら後ろの人に迷惑がられる。それならこのままでいいかとお茶を一口飲む。隣では良臣が2つ目のパンを食べ終えるところだった。
「なんか、狩屋がこういうところにいるのって変な感じ」
「お前俺をなんだと思ってんだよ」
「だって、お祭り騒ぎ好きじゃないでしょ」
 球技大会をお祭り騒ぎだと遠巻きに眺めていた良臣だ。まさかこんなところにいるとは誰が思うだろう。
「お祭り騒ぎじゃなくて、もうこれは祭りだろ。ほとんど。自分から行く気はしないけど、機会がやってきたんならたまにはいいかなと」
「ふーん」
 本物の祭りならいいのか。
 ブランドは別にいいけれど偽ブランドは嫌だっていう心理のようなものなのかなと考えていると、瑞穂の携帯電話が震えた。相手は容易に予想できたので放っておこうと思ったが良臣に視線でいいのかと促され、渋々バッグから取り出した。案の定、光二からだった。
 花火に行けないことを残念がり、またその内会おうという内容に一通り目を通して瑞穂は早々に携帯電話を閉じた。
「いいのか、返さなくて」
「いいの。どうせ返したらしばらくメール終わらなくなるし。こっちはさっき送ったやつで話は終わらせたから」
 もう返信する気にもならない。
「いつも一緒にいる奴ら?」
「うん。それよりさ、狩屋。今日の模試で答え見てもわからないところあったら教えてよ」
「それはいいけど。ついでに自己採点の結果も報告しろよ」
「ええっ!?なんで!?」
「誰がお前の面倒見てやってると思ってんだよ。俺のお陰でこれだけできるようになりましたーって言うのは当たり前だろ。ついでにこの間の模試の結果も持ってこい。成果が出てなかったら、夏いっぱい正座で勉強な」
「えー……」
 良臣に点数を教えるなんてどんな嫌がらせだと思う。一体どれくらい違うんだろう。百点、いや、二百点くらい?しかも正座で勉強だなんて。良臣の部屋で見てもらう時の話だとはいえ、先生に叱られてめそめそ問題を解いている生徒みたいじゃないか。
「この鬼教師っ、スパルタっ」
 小声で非難すると良臣は「なんとでも」と涼しい顔で最後のパンを食べ終わる。
「屋台のにおいが結構すごいな」
「うん。花火が終わる頃には服にしみついてるかもね」
「それもそうだけど、なんか見てると食べたくなるよな」
「狩屋、今パン3つ食べたばかりだよね」
「俺がそれで足りると思ってるわけ?」
「いーえ」
「そういうこと。でもいいや。帰ってから食べるし」
 屋台は気になるものの、ここで足を動かすほどの威力は持っていないらしい。空腹でたまらなかったらまた別だろうけれど。
「あ、瑞穂。髪下についてる」
「え?ああ」
 良臣に指摘されて気づいた。今日は模試の為に邪魔にならないよう後ろでひとくくりにしていた。その髪が地面についている。瑞穂は少しほこりっぽくなった下の方を払い、髪全体を前に持ってきた。
「これで少しはマシでしょ」
「本当に長いよな」
「今更それを言うかな」
「いや、座ったら下につくくらい長いって思うとな。なんか新鮮な気分」
 そう言って良臣が手を伸ばした。何かと思えば瑞穂の髪の一部を手に取って髪が途切れるまで手をゆっくり動かした。
「本当に長いな」
「そこまで強調されてもね。まあ、確かに男にはわからないだろうなあ」
「いや、わかる奴もいるとは思うけど。俺はわからないからな。結構大変なんだろ、長いのも」
「まあね。手入れとか面倒くさいよ。長すぎると髪型も結構限られてくるし。でも慣れてるから」
「そうか。あ」
「あ」
 瑞穂と良臣の視線が上に行く。一番最初の花火が打ち上げられてドーンと大きな音が鳴った。大輪の菊を皮切りに次々と花火が上がっていく。定番のもの、一風変わった土星のようなもの、ハート、キャラクターなど、様々な光が夜空に描かれては消えていく。その美しさに息を飲んだ。
「すごいな」
「うん」
 良臣に頷きながら瑞穂は花火に見入る。
 今頃、両親はマンションで仲良く花火を見ているのだろう。光二は帰路に着いている頃だろうか。そんな中、自分は良臣と一緒に近くで花火を見上げている。とても不思議な現実だけれど、こんな夏があってもいい。来年はきっと、良臣と花火を見ることもないだろうから。そう思うと余計に不思議な気がした。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) ring ring rhapsody All rights reserved.
  inserted by FC2 system