人災はある日突然やってくる

モクジ

  青い春  

「あのさ、近藤さん、何番だった?」
「え?13番だったよ」
「そっか。じゃあ、近藤さんに頼みたいことがあるんだけど」
「なに?」
「席、替わってもらえないかな?」
 一ヶ月に一度の席替え。
 くじ引きしてすぐに話しかけてきた秋田に、お願いしますと頭を下げられて、真衣は目を白黒させた。


「お、近藤か。よろしく」 
 机を移動してかけられた第一声がそれだった。
 この声は、と期待して振り向くと、隣の席に窪田が座っていた。
 わ、窪田君の隣の席だったんだ。
「窪田君かあ。一ヶ月よろしくね」
 挨拶をすると、窪田が苦笑した。
「聡が悪かったな」
 いくら窪田と秋田が親しいからと言って、秋田のことまで窪田が謝る必要はないのに。
 本当に仲がいいんだなあと思いながら、真衣は首を振る。
「別に、窪田君が謝らなくても。それに、割といい席だったから返って良かったかも」
 うん、本当に。
 ちょっとかっこいいと思ってた窪田君の隣になれるなんて。秋田君様様だ。
 そもそも、秋田が引き当てたこの席は人気のある窓際席だったし。そんないい席を自分から手放すクラスメートが最初は信じられなかったのだけれど。
「なんで秋田君が替わって欲しいって言ったのか、理由もわかったし」
 チラッと廊下側に視線を遣ると、秋田と浅間梢が席を並べて話している様子が見られる。なるほど、秋田は彼女の隣になりたかったというわけだ。
「あの噂、本当なの?」
 少し前から、秋田は浅間が好きだという噂が流れている。噂なんて大抵信用できないものだが、この噂に関しては、彼女に構う彼の姿を見ていると本当なんじゃないかと思える。
 親友の窪田ならきっと真相を知っているだろう。
 期待して隣人を見ると、窪田は「うーん」と考えるような素振りを見せた。
「あいつ、はっきりとは言わないんだよな。でも、間違いってわけでもないと思う。なにせ、近藤に席替わってもらってまで浅間の隣に行ったわけだし」
「すごいよねー。ああいう人だと思わなかったからびっくりした」
「俺も意外だった。でも、面白くねえ?」
「うん、面白いよね」
 やっぱり、人の恋愛沙汰を見るのは楽しい。しかも、今回はあの秋田だ。いつも笑顔を浮かべていて人当たりのいい彼は、そこそこもてるらしい。温厚だし、優しいし、ああいう人はきっと彼女を大切にするよ、と言ったのは果たして誰だったか。その時「きっと」としか言えなかったのは、肝心の秋田に彼女がいなかったからで。
 まさか、追っかけるタイプだとは。
 相手はこれまた意外な浅間梢。まあまあいい人で通っているけれど、これと言って特徴の思い浮かばない彼女のどこが良かったのかも気になるところ。でも、肝心の彼女は秋田に対して素っ気ない。秋田が近付くことに対してあまりいい顔をしない。それどころか時々本気で嫌そうな顔をする。嫌よ嫌よも好きのうち、と言うよりはかなり迷惑がっているように見える。けれども完全無視というわけでもないし、普通に話している光景も結構見られるから、彼女が秋田を嫌いだというわけでもないようだ。
 浅間もまんざらではないみたいだ、と真衣は思っている。
 それにしても、誰も想像しなかった展開になってるのが面白い。
 これからしばらく楽しめそうだ。
 秋田と浅間の追いかけっこも。それから、隣人との生活も。
 充実した日々の予感に、真衣の口元は綺麗な弧を描いた。
モクジ
Copyright (c) ring ring rhapsody All rights reserved.
  inserted by FC2 system