The gossip worried him.



「日刊あなた」で作った記事をベースにしたパラレルです。
 人災シリーズの秋田聡が怪しげな歌手、浅間梢がタレントになっています。


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◇浅間梢、熱愛発覚!!◇
今日、某焼肉店において、浅間梢のアツアツデートっぷりがスクープされた。お相手はフリーターのAさん。2人はお互いにお互いの肉を焼き、焼いては食べ、焼いては食べて、こげてしまった肉は、「これ炭じゃん」などと、2人でひとはしゃぎした後、鉄板の隙間に押し込んでは「証拠隠滅」と言っては、またはしゃいでいたという。乾杯する時も、お互いの腕を交差させ、決まって一気のみだったようだ。
また、デートに気付いたファンが、「一緒に写真撮ってくれませんか?」とたずねたところ、即座にドロップキックをお見舞いするなど、愛する人の為にはいつでも戦う姿勢を見せた。それを見たAさんは、涙が止まらなかったという。かねてから恋多き人として有名な浅間梢であるが、ここはひとつゴールインしてもらいたいところだ。ちなみに、今回突撃取材を試みた記者は、現在意識不明である。
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「あちゃー記事になったかー」
 声をかけられた時に嫌な予感がしたから、その場でできるだけのことはしたつもりだったのに、意味がなかったらしい。それどころか、この書かれ方。うん、やばい。ドロップキック?技なんて意識してないよ。こっちは必死だったんだから。戦う姿勢って言葉もどうよ?番組内でこのイメージを求められるようになったらどうしてくれる。そんなことになったらこの新聞社を訴えてやろうか。
「好き勝手書いてくれちゃって」
 新聞を折りたたんでテーブルの上に放り投げる。「いい加減にしろ」と怖い声で睨みをきかせてくるマネージャーに肩を竦めて時計を見る。出番まであと15分。今日は楽屋に遊びに行けるような親しい知り合いはいないし、この記事を読んでいる人もいるかもしれないからこのままここにいる方がいいか。でも、それだとマネージャーのお説教から逃げられないんだけど。
「フリーターAってのは一体何なんだ」
「んー。フリーターの一般人だよ。高校の時の同級生」
「聞いてないぞ」
「だって言ってないもん」
 恋多き女がフレーズになりつつある梢は、恋人を作ることを禁止されてはいない。ただ、恋人ができたら事務所に報告することになっている。それでマスコミ対策をするのだ。相手が芸能人や著名人だったら梢の売り出し方に利用することもある。フリーターAに関しては事務所に全く話していなかったから、記事が出て事務所も戸惑ったのだろう。
「言わなきゃ対策も立てられないだろ」
「そんなん、言うはずないじゃん」
「おい、梢」
「彼氏じゃないもん」
「は?」
 マネージャーが不意を突かれたのを見て、こいつ、勝手に彼氏認定してたな、と眉を顰める。誰がいつ彼氏だと言った。記事?梢は一言も恋人だなんて言ってない。
「だから、つきあってないもん。だから言わなかったの。それとも交友関係まで報告しなきゃいけないの?誰と誰と誰とお友達ですーって」
「そこまでしなくても別にいいんだけどな。ただ、男ができたら報告するように言ってるだけで」
「フリーターAとはつきあってません。だから報告もなにも必要ありません。つきあってないけど記事にされました。私とフリーターAは高校の同級生です。以上!」
 もうこれでいいでしょ。
 話を切ろうとするが、マネージャーは「いや、話はまだ……」と手を伸ばす。そこに流れる携帯の着信音。なんてナイスタイミング。相手を見ると、現在大ブレイク中の歌手の名前。梢は口元に緩やかな笑みを浮かべて、携帯を手に取った。後ろでマネージャーが、おい、なんて言ってるのをよそに口を開く。
「もしもし」
――もしもし?梢さん?秋田だけど。今、いい?
 携帯の向こうから聞こえてくるのは、緊張した声。それでもいい声だなあなんて思ってしまうのは、やっぱり相手が歌手だからだろうか。侮れないな、秋田聡。
「うん。本番前だからちょっとしか時間とれないけど。どうしたの?」
――あの、記事見たんだけど。今日発売の、焼肉の。
 ん?何?この人もその話題?でも電話かけてくる程の内容かな。
「あー。私もさっき見た」
――あ、そうなんだ。あー……。
 意外だったのか、驚いたような声が返ってくる。聞きたいことがあるのに口に出せない。躊躇ってるのがもどかしい。そういうことははっきりしなさいよ。でも、そんなイライラなんて微塵も出さないで笑う。これでも大人だしね。芸能生活もかれこれ5年。笑うのなんてご飯を作るのより簡単だ。
「なに?気になる?」
――え。あー、えーと……まあ。
 そりゃ気になるでしょうね。悪いけど、そっちが私に気があることはとっくにわかってる。本人は多分隠してるつもりなんだけど、全然だめなの。言葉の端々や行動に出てること、気づいてないのかな。今だってほら、記事を見つけてすぐに電話をかけてきて真相を確かめようとしてる。これで気づかない女はいないでしょ。私、こういうのは鋭い方だからね。聡のことは結構気に入ってるから知らないふりしててあげるけど。
「食べたよ、焼肉。すっごく美味しかった。もうね、牛がすごいんだって。レベルが違うの。店教えてあげるから、今度聡も行ってみなよ。絶対気に入るから」
――うーん、そうじゃなくて。いや、教えてくれるのは嬉しいんだけど。
「けど?」
――その、一緒に行った人は。
「ああ、フリーターAね。うん、いたよ。と言うか二人だったから」
 直接スパッと言わないで遠回りするのは意地悪だろうか。でも聡がちゃんと聞くまで答えてやるものか。意地というほどのものではない。ささやかな遊び心だ。
――つきあってんの?
 きた。
 引き出した言葉にちょっとした満足感を得る。
「……さあ。どうだろうねえ?」
――え。
 その気もないのにはぐらかすように答えると、聡の声が途切れた。続く沈黙に、彼が戸惑っていることを知る。これまでは、結構はっきり答えていたような覚えがあるから、勝手が違うことでなにか深読みしてしまっているのだろうか。今回は違うんだから、下手に悩ませるのは可哀そうだ。彼の仕事に悪影響が出たら困る。人の仕事を邪魔するのは好きじゃない。変な責任を負わされるのもごめんだ。だから梢はちょっとオーバーに声を上げる。
「ちょっと、何か勘違いしてない?フリーターAとはつきあってないよ。変な想像したら怒るよ」
――あ、そうなんだ。びっくりした。医者の次はフリーターなのかと思った。
「あー、残念だけど今回は」
 なんで前の彼氏のことなんて持ち出してくるかな。私のことが好きなのに。本当は平気じゃないくせに。言いながらへこむくせに。聡は不器用だ。今はともかく、これから先、長いこと芸能界でやっていこうとすると大変かもしれない。彼が俳優でもタレントでもなく、歌手で良かったと思う。他のジャンルなら、とてもじゃないけど生き残れないだろう。でも梢は彼の不器用さを気に入っている。だから、このままでいて欲しいとも思う。
「高校の同級生でね。結構仲良かったんだ。昨日は久しぶりに会って、高校時代の友達の近況とかを話してたんだ。途中からお肉に夢中になっちゃったけどね」
――そっか。友達なんだ。楽しかった?
 友達、と言う聡の声は明るい。ほら、こういうところがわかりやすい。同い年なのに、可愛いなあなんて思ってしまう。
 本当は、高校の同級生と言っても一時期芸能界にいた人だ。そもそも、梢は芸能コースのある学校に通っていたのだから、高校の同級生はほとんどこの業界の人間なわけで。そこまで頭が回らないのは、聡が単純なのか、友達という言葉にすっかり安心してしまったからなのか。
 昨日会った彼は、仕事がなかなか来なくて辞めてしまい、もう3年くらいフリーターをやっている。実は、昔好きだった相手でもある。つきあってはいなかったけれど今でも彼のことは好きだと思う。今は一緒にいてもドキドキしないし、楽しいって気持ちの方が大きいから、やっぱり友達なんだろうけれど。そこまで話す必要はないし、話すつもりもない。
「うん、楽しかった。聡もさ、今は忙しくて休む暇もないと思うけど、時間ができたら地元でも行ってそっちの友達と遊んでみれば?きっといい気分転換になるよ」
――うん、そうする。
「うん、じゃ、私、もうすぐ本番だから」
――あ、そうだったんだ。ごめん、急に電話して。仕事頑張って。
「ありがと。そっちも頑張ってね」
 じゃあ、と言って電話を切る。彼の今日の仕事がうまくいきますように。そう願いながら携帯を閉じた。
 顔を上げれば、マネージャーが顔だけこちらに向けていた。その顔は、呆れたような、どこか面白がっているような。
「次の恋人は大人気ミュージシャン、なんてのもいいかもな」
「そう?向こうのファンの不興を買いそうで怖いじゃない」
 何しろ、秋田聡は今やアジアを代表するミュージシャンだ。ゴシップは厳禁。ゴシップは比較的歓迎している梢でも、聡と一緒に騒ぎ立てられるのはごめんだ。どうせなら、楽しく恋愛したい。
「それもそうだな。向こうの事務所がうるさそうだし。それなら程々にしておけよ」
 暗に、期待させるようなことをするなと言われて、「はぁーい」と間延びした返事をする。時計を見ると、そろそろ楽屋を出る時間が近づいていた。マネージャーがポンと手を打つ。
「行くぞ、梢」
「よし、頑張りますか」
 しばらくはフリーターAの話がついてまわりそうだけど。まあいい。恋愛ゴシップも仕事の内。せっかくだから目立たせてもらおうじゃないか。

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